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雪雪/醒めてみれば空耳

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2006-05-01 物心前後

_ 物心がついて最初の「さっき」はすでに懐かしい昔だったが、それが一番古い記憶というわけではなかった。

自分が始まったのはついさっきなのに、記憶はもっと古かった。おそろしく古かった。それは醒めたばかりの夢の記憶に近い。しかもその夢は、私にとって一生分の長さなのだった。まだほんの数年の一生だとしても。

物心は夢に埋もれかけた不規則な足跡のように続いていた。してみると今ついたこの物心は、一連の点綴する物心の最終連なのかもしれない。

物心はたぶん何度もつく。まどろむ者が物音を聴いて薄目を開けるみたいに。物心はついては去り、ついては去って、そして今日とうとう去り方を忘れてしまった。私はきっと、扉を開けて明るい場所に出てしまったのだ。心の中を歩いているうちに。

なにが始まるんだろう、と思った(いまだにそう思っている)。

私は顔を上げてずるりずるりと這った。物心が物珍しくて、もっとよく見ようとして辺りを見回した。

はじめて見る家はすでになじんでいて不安はなかった。窓が近かったが高すぎて白い光しか見えない。ぼくの眼に光は強過ぎて色も細部も飛んでいた。

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ほんとうにそう見えたのか、記憶のほうの細部が飛んでいてそうとしか思い出せないのか、どちらともつかない。きっと、どっちもどっちだ。

そもそも「物心が付く」なんて概念がない幼い頃にすでに、「あれはなんだったのか」と何度も想起したから、そのとき分析したことや解釈したことが無警戒に付加され加工されてしまっているだろう。この文章じたい、言葉のない頃の体験なんて過不足なく語りようもないから、まだ人ではなかった自分を擬人化して語っているにすぎない。

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物心が付いた日の翌日、人生最初の昨日をどんなふうに思い出したかは憶えていない。範例が少なすぎて、まだどっちが昨日だかわからなかったと思う。

物心以前の記憶は齢を重ねるごとに引き出すことができなくなった。今は「物心以前の記憶」を、物心以後に想起した記憶しかない。物心以後に思い出さなかった記憶にはもう手が届かない。忘れてしまったわけではなく、おそらく以前以後で、記憶のコーディングの方法が異なっていて、互換性がないのだと思う。音楽ソフトが変遷するように、記憶方法の不可逆な技術革新が進行したのだ。言語を習得にするにつれて。

物心以前の記憶は次第に遠ざかり、細部の不分明な遠景になり、人生の背景音になった。それはいつも聴こえているから、聴こえていることに気付かない。

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2006-05-03 叙景集

_ 682

俺は「いやと言って」と頼まれると、いやと言えないタイプだ。

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_ 683

「あのときあなたはとてもきれいでした」

ぼくは取っておきの夕陽の写真を見せる。

「これがあたし?」

太陽は信じない。

地球の大気圏の内側から、自分がどんなに美しく見えるのか、彼女は知らないのだ。

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_ 684

音楽のプラモデルを組み立てる。

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_ 685

恋人を失った悲嘆のあまり私は断崖から身を投げる。海面に打ち付けられても私は息があり、塩辛い水をしこたま飲む。息も荒く目覚めると私は椅子にもたれており、涙が口元まで垂れている。

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_ 686

突然手の甲をつねられたと思ったら机の上を竜巻が通過するところだった。

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_ 687

鳥肌を立てる契約書の書式見本に手汗の痕である親指の腹による窪みがあり、十二年後に黴が生えることが予言される。

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2006-05-06 叙景集

_ 688

副音声のある夢で、自分に声優の吹き替えがついている。

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_ 689

二匹のチェシャ猫が交わすくちづけを想像しているうちに、右脳が左脳に片想いを始める。

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_ 690

町内を流れる川にいる鴨の代表が「町内会費は群れでひと口でいいか?」と確認しにくる。

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_ 691

天国が放漫経営で倒産する。天使たちは一張羅を埃まみれにして就職活動にいそしむ。もう天国と利害関係がないので履歴書は率直に書かれており、すぐれて哲学的な幻想文学として読める。

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_ 692

猫の卵から猫ひよこが生まれる。

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_ 693

城は庭園とともに傍らの川を流れ去り隣人の夢にさしかかる。城が隣人の夢の領域にあるうち、指笛を鳴らしその人を起こす。 夢の中にいるあいだ人の姿と想いは一致しているので、その人が夢からゆらりと起き上がって覚醒に頭を突っ込んでいくまでのしぐさがそのまま、その人が覚めて書き留める詩の後姿である。

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2006-05-10 叙景集

_ 694

三日月がぎゅーっと潰れて新月になる前に、こらえ切れずにぱん!と満月にもどる。

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_ 695

手の甲におわします神は中手骨にしっくりと座れる尻に進化している。

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_ 696

前にみた夢の続編をみるが監督が交代していてイメージが狂う。

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_ 697

公園の散歩道に、車道のそれほど拘束的ではないが、人がすれちがうためのセンターラインが引かれている。

これといっておかしな服装ではないけれどどことなくおかしい青年が歩いてくる。おそるおそるラインをまたぎ越して、感極まったように「これが右か!」。もう一度ラインをまたいで「そしてこれが左か!」。

よほど田舎から来たのだ。

いまどき左右さえないくらいの。

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_ 698

1/500スケールで複製された森が、1/500スケールの酸素を吐く。

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_ 699

降る雪のあいだを通行するためのやわらかい地図が上空から、降る雪をかわしながら届く。


2006-05-18 叙景集

_ 700

パレットの上で手触りと匂いを混ぜる音がする。

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_ 701

窓辺の葉に宿る露の中で潜水艦が交戦している。

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_ 702

去り行く冬より早足になり、冬の白い背中にぼすっとぶつかる春。

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_ 703

頭が冴え渡って眠れない。羊を数えようとすると地平線の向こうから、土煙とともに大群が接近してくる。いちどきに数百から一千頭が柵を越える。壮観である。いくら冴え渡った頭でもいっぺんに千いくつかを数えるのはつらいので、両側の丘の距離を狭めて、柵の差し渡しを絞る。三百二十二万九千頭を数え上げた後、続く千頭を数え上げたか数え終えなかったか定かではないが、その千頭がほとんどはまだ空中にいた辺りで就眠に成功したのは定かである。羊達も柵を跳ぶのをやめる。私を起こしてしまうかもしれないから。すでに柵を越えてしまった羊達は丘を回って粛々と群れに合流する。合流する際、まだ跳んでいない羊が追いつくのではなく、すでに跳んだ羊が引き返すのは、まだ跳んでいない羊は無限にいるから。

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_ 704

「パパの尻」という名の宗教に、入信する人を受け付ける気分で妻のいとこを逮捕する。

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_ 705

この文を、音読と黙読以外の仕方で読んでください。


2006-05-19 叙景集

_ 706

「辛過ぎるよ、このキムチ」と言ってぼくは、マイナス一味唐辛子を振りかける。

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_ 707

水溜りのなかの空から落ちてきた流星が青空に落ちてゆき燃え尽き

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_ 708

柔軟性の精霊が洗剤に配合され洗濯物はふかふかに洗い上がる。洗濯物の精霊は柔軟性の精霊に恋をするが、生乾きの精霊に「吊り合わない」と言われて落ち込む。

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_ 709

◆CLOUD GAZING◆

群をなして流れる雲はなべて凡庸だったが、天才的な雲がひとひら、世界の秘密を露骨に開示しながら、空の吸う匂いのようにかぐわしく南へ流れてゆく。と思う間にその精妙な姿形は崩れ、どうとでもとれる曖昧な輪郭にほとびる。

一輪の蒲公英が風に逆らって、天をゆく秘密の残骸を口惜しげに見送っている。やがて蒲公英から蒲公英伝いに、匂いより速く音よりは遅い火急のしらせが回付されていったのか後刻、北半球の蒲公英がひとしなみに、おおよそ南に向けてたなびき、いきなりの「かちり」という擦過音を聴きつけた少女が跳ね起きる。そして眼鏡をかける。

その少女に見てもらうはずだった夢が、次の晩まで後ろ髪にしがみついているので、日中、いわれなく振り返ってしまう自分を少女はあやしむ。

叢に腹這いになった裸足の青年は気付かれたと思い込み、少女を尾行することを諦める。緊張を解いて、ごろんと仰向けに転がるとちょうど真上にぽっかり雲が浮かんでいるのが見える。ぎくりとする。背中の下でたわんだ蒲公英がいっせいに跳ね戻って彼の体を、胴上げよろしく宙に抛り投げるという予感がするがするだけ。そしてこんなことが前にもあったという気がするのは誰だ。

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_ 710

同級生の母親からお駄賃として遺伝子をもらう。


2006-05-20 時の軍勢はブダペスト経由で万里の長城に着く

_ ヴァン・ヴォクトの味わいというのはやはりヴァン・ヴォクトにしかなくて、SFとしてはすっかり腐っているだけに、免疫のない若い頃に出会ってその臭みをまんまと刷り込まれた人は幸運だと思う。ヴァン・ヴォクトを好きになることによってしか広げられない感性の幅というものがあると思うから。フランスではボリス・ヴィアンが訳しているそうで、本国以上の評価だというのはいくらなんでも訳者の力だと思うんだけど東京創元さん仏版から重訳してくださいよ。ヴァン・ヴォクト欠乏してるので、持ってる本でも喜んで買いますぜ。ほくほくと。

_ ところで最近出たマイクル・スワンウィックの『グリュフォンの卵』に入ってる「時の軍勢」は、「気の毒なスーパーマンだこと!」のセリフからしてヴァン・ヴォクトへのオマージュであることは明白だけれども、なかなかいい味出してますから腹を空かせているヴァン・ヴォクトファンにお薦めしておきます。

_ イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』を好きな人はぼくと嗜好が合うと思うのだが、岩波書店のアンソロジー『夢のかけら』に、エステルハージ・ペーテルの『ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし』からの抜粋が収録されていて、これは『見えない都市』の手法・文体で描いたブダペストの物語。種本からの引用も散りばめられ、まさしくあの雰囲気に仕上がっております。『見えない都市』ファンは見逃せない一作。

_ というようなことを書いていると芋蔓式に想起。ぼくはカフカの残した断片を編集した「万里の長城」が好きなんですけど、「カフカの断片的メモを自分流につなぎあわせてみたくなって書いた」という作者のコメントを読んで「それは読まなくてはだめだべ!」と思った開高健の中編「流亡記」がまた素晴らしいんですよ。分量の割りに大量の時空間が圧縮されている感触、山尾悠子の「遠近法」を思い出しました。「遠近法」の腸詰宇宙の住人がもし「流亡記」を読んだら、我々が「遠近法」を読むときの「見知らぬ世界を梱包して送りつけられた」感じと反対に「世界を切り開いて手渡された」感じがするのではないかな。

人間味の薄い引いた視線が「史」と「私」の落差を冷え冷えと肌に押し付けてきて、索漠かつ茫漠たる気分になります。読後ひとしきり遠い眼。


2006-05-23 忘却する自由

_ 博覧強記と呼ばれることにあこがれていたが、ときどきそう呼ばれるようになって満悦である。狭い人間関係の、内輪では物知りな方、というレベルでしかないが、褒められて伸びるタイプだから過分な褒め言葉も歓迎します。

「読むはしから忘れていく」と愚痴る人がいて、続いて「雪雪はどうしてそんなにいろんなことを憶えているのか?」と訊かれるのだが、私の記憶力はよくない。読むはしから忘れていく。あなたが百冊読んで一冊分頭に残るとすれば、そのあいだに私が千冊読んで十冊分頭に残る、ということだと思う。

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忘れてしまう読書も経験も無駄ではない。私達の体がもっぱら、想い出に残る特別な御馳走ではなく、日々の記憶に残らない食事でできているのとおなじことで、私達の心情や知能の主成分は忘れてしまったことである。忘れ難いことは、その人の抜粋か目次かヘッドコピーみたいなものだ。

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吸収したもの摂取したものは、たとえ記憶に残らなくても痕跡を残す。出会ったもの触れたものが私を、少しづつ変えてゆく。くだらないものを読めばそれは私を少しくだらなくしてくれるし、高尚なものを読めばそれは私を少し高尚にしてくれる。変わっていくうちにいつのまにか、高尚なものががらくたになり、くだらないものが高尚になったりもする。

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憶えていることができるほんの少しのことは、その人の道標である。自分にとっても他人にとっても。私は憶えていることで、自分を導く。忘れてしまったことの巨体を引き連れて。

なにを吸収するかはある程度選べる。なにを忘れてしまうかは(意識的には)選べない。だから、「このことは忘れまい」と心に決めて、ほんとうにそれを忘れずにいること。それが自由だ。そしてそれ以上に、忘れまいとは意識しないでおいて忘れてしまうこと、それも自由だ(そして忘れまいとはしていないのに憶えてしまう不自由が、世界の、あなたに対する自由だ)。


2006-05-24 決心

_ 尾張旭市の保育園児吉村龍也ちゃん(5)の、継母による虐待死事件のニュースで泣いてしまった。

腹を蹴って蹴り殺すというのもすさまじいが

龍也ちゃんは継母に懐いていて

「おかあさんまたぼくとあそんでください」

と、母親に対して敬語を使っていた、というくだりで。

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母親は、父親による激しい虐待を受けて育ち、「自分がもし親になったら、ぜったい虐待なんかしない」と心に決めていたという。

哀しいことである。「心に決める」こと、「強く思う」ことは、宿命に抵抗する主戦力としては当てにならない(決心の才能に恵まれた一部の天才的決心者を除いて)。


2006-05-25 未知なるカダスを俺も求めて

_ 「イーガンの『ディアスポラ』より、ステープルドンの『スターメイカー』のほうが遥かに名作!」と言う人がいるので読み返してみたりしながら、並行してダンセイニの訳が複数ある作品を読み較べている。

_ ダンセイニを読むなら、粗過ぎる(それは否定できないのだが)ということで評判の悪い荒俣訳が好きだ。若き荒俣成分の青臭い熱のせいかな、読んでいていちばん連想が刺激されて勝手な脇筋がどんどん展開して、しばしばページを繰る手が止まってしまう。

好きで好きでたまらないがまだあまり知られていないものを世に送り出すときの、祈りのような思い入れが、ダンセイニの遠くに及ぼうとする視線と協奏しているのか。

_ 『スターメイカー』を読んでいると較べたくなるのは、『ディアスポラ』よりむしろラヴクラフトのランドルフ・カーターもので、ダンセイニを読んでいると較べたくなるのはラヴクラフトの(ダンセイニの影響下に書かれた)ドリームランドものである。

ぼくはステープルドンよりダンセイニよりラヴクラフトが好き。庭っぽさと藪っぽさの差というか、運河と下水道の差というか、ラヴクラフトからダンセイニやステープルドンに戻ると、その品の良さが物足りなく思えてしまう。

_ カーター作品群とドリームランド作品群は共有する作品を含んで重なっていて、創元推理文庫の『ラヴクラフト全集6』にまとまっている。『6』系列の落穂ひろいにあたる『7』は、当然出来は落ちるが少々の出来の悪さなぞ霞んでしまうくらいこの系列が好きなので、もう出ないんじゃないかというタイミング(十六年越し!)で『7』が出たときはまことにしあわせであった。ぼくがぎゃあぎゃあ騒いでいるのを見て後輩が買おうとするので引き止めた。はっし! ラヴクラフト初体験が『7』ではまずいです。

_ 『6』と『7』だけ、何度も何度も読み返している。編訳の大瀧啓裕が「カダスさえあればいい、というくらい思い入れがある」とどこかで洩らしていたのを読んだ気がするが、ぼくにとっても、カーター/ドリームランドもの唯一の長編「未知なるカダスを夢に求めて」(6巻所収)あってこそのラヴクラフトではある。

_ 軸になる長編と周囲を舞い踊る短編が、たがいに相乗効果で魅力を高めあう。

この構造は、コードウェイナー・スミスの人類補完機構シリーズに『ノーストリリア』があること、ブルース・スターリングの機械主義者/工作者シリーズに『スキズマトリックス』があること、あるいは天沢退二郎の闇黒児童文学の系列に『オレンジ党』三部作があることと同様で、軸以外の作品から入ったほうがいいところも一緒である。「このノリと濃さで長編なんてすごい」って、わくわくするしな。

特に『スキズマトリックス』は、いきなりここから入ると晦渋に思えて挫折しがちだが、短編集『蝉の女王』を読んでから入ると目覚しくリーダビリティが上がる。ぼくは『スキズ』を読んで「はぁ?」と思い、後日読んだ『蝉の女王』があまりにもすばらしかったので『スキズ』を読み返し、面白さが記憶と段違いなのでびっくりしたのだった。

(ぼくがもし「あなたのオールタイムベスト短編集は!」と訊かれたら、早押しでとっさに出る答えが「『蝉の女王』!」。もちろん、そのあとじっくり考え直すけど)

あ、そういえばダンセイニによる影響に負けないくらいラヴクラフトに影響を与えたクラーク・アシュトン・スミスを、スターリングは大好きな作家として挙げていたっけ。じっさい機械主義者/工作者シリーズって、スミス得意の異世界冒険譚を未来に持っていった雰囲気あるなあ。ということは無論ドリームランド風味もある。まーた読み返したくなってきたぞうw

_ (余談ですがケイオシアムの『クトゥルフの呼び声TRPG』のサプリメント『ドリームランド』の翻訳が出なかったのはかえすがえすも残念であった。無念であった。エンターブレインの新版のほうでなんとかならんかなあ。ならないだろうなあ。あと東京創元さん。ラヴクラフト全集に続いてクラーク・アシュトン・スミス全集ってどうですか? だめ? だろうなあ。)


2006-05-26 沈黙の海から打ち上げられること

_ 客観的であるということは、ひとえに価値中立的に引いた視線で眺める、ということではない。

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たとえばとあるひとつの価値について、弁護することも糾弾することもできる。

あるいは、陶酔することも罵倒することもできる。

その振り幅のうちにこそあるものだ。

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しかして、すぐれて客観的であれば人は、沈黙する他なくなる。

そしてあえて、なにかを断念したうえで語り始める。

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沈黙を経た人とそうでない人は、たとえおなじ意見を表明していても、ちがう気配を纏い付け異なる光を視ている。

このゆえに、おなじ意見を述べている二人のひとが敵であるということがあり得るのだし、真逆の主張をする二人のひとが味方であるということがあり得る。


2006-05-27 夢と日常のあいだの中性浮力

_ 立花種久という作家は不思議な作家で、キャリアは長くて著書は10冊以上あるのに文庫もないし、ほとんど言及されないし、アマゾンでもレヴュー付いてないし、首を傾げたくなるほど無名だ。好きだという人はおろか、知っている人にさえ会ったことがない。あ、もちろん立花種久のほとんどの著作を発行しているパロル舎の営業さんは別だ。「売れているはずがないのに、どうしてこんなに本が出せるの? もしかして社長のペンネーム?」と訊いてみたが、打てば響く人なのに、もごもごと口ごもってしまった。なんで?

ネット上を渉猟してみてぼくより立花種久を好きそうな人がようやっと二人見つかりはしたが、心細い限りである。

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内田百閒だとか天沢退二郎あたりの夢幻感に魅かれる人はきっと好きだと思う。名前を挙げた二人との違いは、幻想に引き摺られても現実に突っ込んだ片脚はけっして抜かないところで、その抑制というか節度が人によっては物足りないかもしれないけれども、やっぱり立花でなくちゃ、という魅力もそこだ。

あえてコントラストを付けて表現するなら、百閒や天沢の夢幻感が夜の夢の質感であるとすれば、立花のそれは白昼夢の質感である。睡眠時の現実感vs覚醒時の夢幻感といったところか。

話者の極私的なエピソードや所帯臭い思惑や時代背景で陰翳を付けることをしない。と、これは逆から言うべきか、日常を描いてもどうも陰翳が付いてこない。キャラは立ち切らない。そして幻想は煮え切らない。

いつも現実からゆるゆると幻想に滑り込んでいくのだが、あらかじめ幻想からの浮力が現実にはたらいていて着地しない。幻想には現実のマイナス浮力がかかっていて飛び立たない。言わば夢と日常のあいだで浮きも沈みもしない中性浮力。このバランスの絶妙さは立花種久ならではだと思うが、この静穏さによって、常識の一般性によって隠蔽されている本来見えない普遍性が滲み出してくるのだ。「変哲ない日常」と併存している「変哲ない幻想」が。ぞくぞく。

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いまのところ最新の作品集『電気女』はいっそう文章に磨きがかかっておいしい。ぼく個人としては百閒や天沢のほうが好みなのだが、こういう渋いのを探していました! という人は間違いなくいると思うし、人によっては全部集める羽目になると思う。少なくとも、白日の夢幻感という限られた土俵の上では右に出る者がいない、最高の作家である。


2006-05-29 んしょ♪

_ 足掛け五年暮らしたniftyのnoteブックサービスが5月31日で終わってしまうので、引っ越してまいりました。かわいい過去ログもしょってきました。疲れた。

『記憶の増大』の頃からmitさんと果も芽さんにはお世話にになりっぱなしです。ありがとうございます。

がんばっておもしろいことを考えるので許してください。

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追記:niftyのnoteブックサービス、利用者の便宜を考えてくれたのでしょうが、休止はいったん延期になったようです。いずれにしても遠からず消えるわけですが、引越し告知の期間がとれてさいわいでした。

本日のコメント(全4件) [コメントを入れる]

_ がくし [お引越しお疲れ様でした。 物語選びの指針たる雪雪さんのブログがコメントできるようになって嬉しいです。]

_ 雪雪 [わー、初コメントだー。これで淋しくありません!]

_ mit [お疲れ様でした。重労働をさせてしまいまして恐縮です。 これからもよろしくお願いいたします^^]

_ 雪雪 [いえ!ぜんぜん労働じゃないし。やっかいな人と友達でいろいろ複雑だと思いますが、これからもよろしくお願いします。]


2006-05-30 叙景集

_ 711

もうとっくに滅びた国に生まれた人が、税金を遺跡に埋めるというので手伝う。

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_ 712

「あの丘のところ、知らないお爺さんが」

「黙族だよ。声で話すことをしない人達」

「こぉーんにちわぁあ。・・・杖を動かして答えてくれたよ!」

「話さない替わりに、どんな言葉も聞き取れるんだ」

「葡萄や石や天気の言葉も聞き取る?」

「どうだろう。黙族じゃないからわからないけど、そういうこともあるかもしれない」

「きっとそうだよ。あのお爺さん今は冬だよ。歩き方が言ってる」

「冬って・・・」

「ごめんなさい。冬になろうとする秋だった!」

「ああ、そういう人は、はたから見ると冬に見えるかもしれないなあ」

「うん。春になろうとする冬の人は、いちばん春に見えるよね」

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_ 713

地図の上を歩き回るための自分を意味する地図記号

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_ 714

あまり仲良しではないけどかっこいい人に会う。

いきなり「いい夢だね」と褒められる。

うわなにその口角の深さはすてき、新築の家を褒めるときみたいに笑顔で見回したり眼を閉じてくんくん匂いを嗅がないでよ。

「いやぁぁ」と夢の中で声を上げ照れ臭さのあまり眼が覚めて「ぁん」と言い終わる。

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_ 715

本を開く。「登場しない人物表」が付いており、自分の名前がある。父母と兄と妹と恋人と親友の名前がない。

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2006-05-31 頬のうえを旅する指

_ 詩集はたくさん刊行されているけど、あんまり売れないしレヴューされないし、情報を得ようとしても詩の雑誌はなかなか置いている書店が少ない上に、詩の雑誌じたいが高い。現物を当たるのがいちばんなのだがそもそも現代詩の詩集が置いてない。買う人がいないからだ。書く人はたくさんいるのになあ。

詩集はいっぱんに、高いし読むところが少ない。でもすてきな詩集は何度読んでも色褪せないし、楽に読み返すことができるのにたちまち心を特別な状態に変えてくれる。気に入った詩集が何冊か手許にあるのは心強いことである。

一冊(あるいは一編)が延々と長持ちするので、好きだ! と思った詩人でも出ている詩集をぜんぶ集めないと気がすまない、というふうにはなりにくい。そこが詩集の作品としての強さであり、商品としての弱さかもしれない。

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瀧克則は、『墓を数えた日』一冊しか持っていないけれど満足している。とは言え、書店の店頭で彼の別の詩集に出会い、手に取ってしまったら欲しくて欲しくてたまらなくなるに決まっているけれども、そういう気遣いはいらない。出会わないから。

この本は、小野十三郎賞を獲ったとき、表題作以下数編が雑誌に掲載されていて、それを読んで好きだと思ったが買うまでではなかった。その後いろいろなことがあって人間的に変化するにつれ思いだす頻度が増し、七年を経て「必要だ!」と思いついに注文した。すると品切れ重版予定無しの返事が来たが、「信じるな!」というお告げがあったのですぐさま再注文したら届いた。縁があったのである。表紙を封筒のようにカバーが包み込む凝った装丁になっていて、カバーは綺麗なのに中の表紙に破れがあった。普通ありえない。文句を言いたいのではなく、売り物になりそうにない在庫のなかから、可及的状態の良いものを組み合わせてくれたのだろう。ありがたいことである書肆山田さん。

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詩を薦めるのは難しい。現物より長ったらしく褒め言葉を並べるくらいなら現物を読んでもらうに及くはない。一編引用させていただきたい。

これ一編で、なにか書きたくなったり、どこかに行きたくなったり、誰かと会いたくなくなったりする力があると思うから、『墓を数えた日』が入手困難でも紹介する意味があると思うのだ。

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_ 「椅子」

瀧克則

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いま、ここで私は椅子にこしかけ、外を吹き抜ける風の音を聞きながら、誰か見知らぬ人の些細な仕草を想いおこしている。人差し指を頬にあて、すうっとあごにすべらせるそのうごきが、どこか遠いところからおくられてきた信号のように思えてならない。

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昨日もやはりここにいて、風に揺れる草の葉の、深いうねりを想っていた、いっせいにしなる草の面が、風の姿をうつしていた。

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一年前、蝶がいっぴき迷い込んできた。子供達が夢中で追いかけたが、どこかへふと消えてしまった。

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三十年前、裸の建物がたっていた。雨上がりの風の日に、錆をバラバラと落としていた。西の空は赤く染まり、鉄の柱に夕焼けが染み込んでいた。

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百年前、ここには馬がつながれていた。ずっとむこうに海が見え、海のむこうで風が鳴り、馬はそれを聞いていた。

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五百年前、一面の草が生い茂っていた。草はただ風に揺れ、風はまっすぐに流れていた。

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千年前、雨が降っていて、蛙が一匹ぬれていた。

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一万年前、旅の家族が通り過ぎた。黙ったままで。

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十万年前、樹木のすきまから陽の光が差し込んでいた。静寂のなかでときおり鳥の声がひびいていた。

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百万年前、白い衣装を着たものが風を見ていた。人差し指を頬にあて、そうっとあごにすべらせた。土がかたまり、木や草が生えた。

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