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雪雪/醒めてみれば空耳

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2014-10-04 人類が断末摩する走馬燈

_ そうそう叶うものではないと思いつつ、叶ったらとても嬉しいな、と思うことをあちこち頼み込んだり書き残したりしていた。

振り返ってみると、思いの外高い確率で叶っていて、ちょっと驚く。

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水見綾の『マインドイーター』は未収録作を加えて復刊されたし、クラーク・アシュトン・スミスは読みたかったハイパーボリアやゾティークが次から次へと訳されたし、『クトゥルフの呼び声』のドリームランドサプリメントも刊行された。『オレンジ党』は続編が出た。葦原大介は新作を描いてくれて、そのあおりで『賢い犬リリエンタール』が増刷された。しばらく売ることができなかったフアン・ルルフォの『ペドロ・パラモ』も、ヘレン・ケラーの『わたしの生涯』も増刷された。めでたいなあ。『吉田博全木版画集』は復刊し、アルマ=タデマは新しい画集が出た。入手困難だった越水利江子の『忍剣花百姫伝』の文庫化もうれしかったなあ。迂闊にもおがきちかが素晴らしいことに気付くのが遅くて、入手しそこねてしまった新刊時応募者全員プレゼントの小冊子。それに収録された『エビアンワンダー』の掌編があまりにも評判がよいので心の片隅にいつも隙間風が吹いていたが、『エビアンワンダーコンプリート』というのが近刊で、例のソレも入るそうである。ありがたいことである。紆余曲折の末『ギヴァー』が甦ったのもうれしかったが、紆余曲折の末全四部の刊行決定まで漕ぎ着けて、ここで下りた肩の荷は大きい。

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知る限り世界でいちばん僕と趣味が合う友人が教えてくれたショーン・タンの『アライバル』は、版元さんと呑む機会があると原書を持ち込んで、「ほらほらすばらしいでしょう。字がないから翻訳の手間がいらないよ。すぐ出そう、ぜひ出そう」と推しまくっていたが、ついに河出から出ることになって、ありがとう!日本一売るぞ、くらいの心意気で手配したが、発売日直前に震災がきて、お店はめちゃくちゃになった。

世間では『アライバル』はじわじわと話題を呼んで、ちょっとしたベストセラーに育ってゆくのを僕は、うれしく眺めていた。指をくわえながらだけど。

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森下典子の『前世への冒険』は、品切になることを見越してあらかじめたっぷり在庫を用意しておき、版元品切になってからも延々と売り続けていたが、震災のときに汚損してぜんぶ駄目になった。悲しかった。

営業再開のためにがんばっているとき、版元である光文社のえらい人がお見舞いにきてくださって、はたせるかな「私共になにかできることがあるでしょうか?」と言った。

「ありますとも!」即答した。

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郡山の古本屋では、他の街では新刊書店の棚でもあまり見かけない『ギヴァー』や『前世への冒険』をよく見かける。残念な気もするが、嬉しくもある。たくさんの人に読んでもらったしるしだから。

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_ 先日同僚が、「あまり知られていないが超すばらしいマンガ家といえば誰を挙げる?」という質問をしてきて、「いっぱいいるけどまずは高山和雅」と答えると彼は高山和雅を知らなくて、布教のためにその場で検索してみると、なんということであろうこんなことがあっていいのか僕が知らないタイトルがヒットした。『天国の魚(パラダイスフィッシュ)』青林工藝舎。1999年の『電夢時空2 RUNNER』以来15年ぶりの新刊である。

おいおい9月20日に出てるよ。その日は22日だったが殺生なことにうちの店に配本はなく、僕は吼えながら発注した。

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最初に手にした高山和雅は短編集『パラノイアトラップ』だった。「落差」の新鮮さは筆舌に尽くし難く、今まで読んだことないと思った。すごいと思っても余人に真似ができるものではなく、その後も比類するものを読んだことない。いまだに新鮮なままだ。ちょっと連想するのは山尾悠子「遠近法」と、テッド・チャン「息吹」かな。いや、似てはいないんだけど壮大なものがコンパクトに完成している感じが共通しているのか。とはいえ高山作の中で「落差」が突出した出来というわけではない。

未完の長編『ノアの末裔』は、これこそが「彼方からやってきて僕の読みたいSFどまんなかを貫通して彼方へ飛び去ってゆく」傑作なのだが、『天国の魚』は『ノアの末裔』の続編ではないものの、そちこちから『ノア』のけはいが立ちのぼっていて、ことによると、『ノア』に組み込まれるはずだったモチーフを独立させたものかもしれない。

長かった。待っているあいだあのメビウス、日本のマンガのポテンシャルに非常な期待を抱き弐瓶勉にフランスでの発表の機会を与えたりしていたメビウスがですね、高山和雅について、「マンガに革命を起こすかもしれない」とコメントしていたことを知って、「むべなるかなー!」と心の中で叫んだりしていたが新作は出ない。その間、僕は気付かなかったのだが別名で新人賞に応募していたという話を最近聞いて、『電夢時空2』のカバー折り返しにあった「このような作品を描いて、発表の場をさがすことが、今の私のたたかいです」というコメントが思い出されて涙が出そうになった。

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『天国の魚』も、まぎれもない傑作です。アフタヌーンでボツったプロットの再生であるようだが、なんということか。これが埋もれていたかもしれないと思うとおそろしい。

錯綜したプロットにめくるめくが、読み返すと、初読の感触から予想したよりも容易に読み解ける。いくらでも長くできたろうに、つつましく節約されて、息が止まるような美しいプロットである。曲線とその交叉で構成された彫刻のようだ。

壮大なプロットが両手におさまって、回してみれば五つないし六つの万華鏡が重なり合いながらきらめくようにふるまい、一周回しても元のかたちに戻らない。

なんだろうこの曰く言い難い感じ。一度目に通過した些細なエピソードの数々が、再読にしてすでに懐かしい。認知科学の本でよく出会う、心の構えによって見えるものがちがう絵のように、どっちつかずの風情が掻き立てられる。せつないと思えばほのぼのするような、うっとりしていると芯のあたりが凍るような。微笑ましくも隔絶。ふわふわと夢のようなのにざらざらして血が出るよ。

ヒカルがだいすきでだいきらい。カオルは超かっこよくて超かっこわるい。

脳髄のどこかを、点で灼くように刻印されるシーンは少なくないが、中盤「四捨五入」のくだりは、森博嗣『笑わない数学者』エピローグ以来の、「一歩あとじさると遠くに着いた」感触があった。

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高山和雅の中には、あとどんな物語が埋もれているのか。描かせてあげてください。星雲賞でもなんでも、あげられるものをあげてください。

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2014-10-23 ケント紙の隅に転がっていた神

_ 仙台の書店に勤めていたとき、かれこれ二十年以上前のことであるが注文カウンターにいた僕は、カウンターに背を向けて到着した客注品を未連絡の棚に収めていた。「すみません」と背後から声がかかった。そのなにげないひと言を聞いただけでわかった。今僕に話しかけている人は、今まで実際に出会った無数の人々の中でも、群を抜いて頭のいい人だと。

注文品を受け取りにきたその60代ぐらいの男性は「西澤です」と名乗り、本のタイトルを言った。その本に付いていた受注票には、西澤潤一とあった。

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卓越した器楽奏者が一音を奏でるだけで、あるいは卓越した画家が線を一本引くだけで、天からなにか降りてきて、一瞬で世界のにおいが変わる。

とても頭のいい人は、脳を熟練した楽器のように弾いて、独特の意匠の口調で話す。美しいとは限らないが、楽の音のように話す。考えていることと、話していることがハモっている感じ、と言えばいいだろうか。

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『すべてはFになる』がドラマ化されて、まああまり期待はしていなかったが、すごく頭のいい設定の人がたくさん出てくるのに、そんなに頭がよさそうではない人が多かった。武井咲が、浮いていた。よい意味で。彼女を嫌いな人も多いようだが、この世代の中では逸材だと思う。瞳孔の開閉まで制御できること、多彩に臨機応変に自然に笑えること、そしてフレームに入っていなさそうな時でも、手が、手の本能でするように、指先まで演技しているところなどは天性のものだろう。キャラクターに固有の、インプットとアウトプットのテンポにも、例のハモり感があった。

しかし全体的には残念な出来で、これから画期的によくなってゆく予感もしないな。

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_ 幼稚園のとき、おえかきの時間には、近所に住む画家のおじいちゃんが来て、採点をしてくれた。絵の裏に、いっぱいにぐるぐると渦を描く。渦がいっぱい巻いてるほど出来がよくて、最高なときは周囲に花びらがついて花丸になる。

あるとき、画家のおじいちゃんは、ぼくの絵の裏に渦巻きを描いて、「花丸はあげられないけど、きみは画家になるといいと思う」と言った。幼稚園児に振るには難解なコメントだと思うが、僕はその言葉を忘れずに、よりによったら画家になるつもりで小学生になり、中学生になった。

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中学の美術部は部室がなくて、放課後のいくつかの教室に二三人づつ分かれて制作を行っていた。その日、僕の一年二組の教室ではTさんとHさんが絵を描いていて、二人ともすごく頭がよくて(直前の中間考査で、Tさんが287人中7番で、Hさんが4番だったなあ)かわいい女の子だったので、部外者の僕はちょっかいを出しに近づいていった。

その途中の机の上にケント紙が一枚載っていて、その隅っこに使いかけで尻のところが巻かれた黒の絵の具のチューブが、ころんと転がっていた。通りすがりに拾おうとした僕の手は紙の表面をかつん、と打った。

そのときのぎくっとした思い、おしっこを漏らしてしまいそうな、体の芯を這い降りる蛇のような冷たい驚きを、今も忘れない。

それは、Tさんがたわむれに鉛筆で描き込んだ絵の具の絵だった。

彼女が一線を越えていることがわかった。その一線は、僕の中で出会ったことのない一線で、つまりは、永遠に越えられないであろう一線だった。

一瞬で僕は、画家になろうと思うのをやめた。

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_ 矢翠 [ 雪雪さん、こんにちは。 最近、数日間かけて、二階堂奥歯さんの本を読んでいます。 その本の中に雪雪さんが登..]

_ 雪雪 [矢翠さん、こんにちわ。 こんな辺鄙な場所にようこそ。 面白い本はたくさんありつつも、面白くなかった本が面白く..]

_ 寝仔 [雪雪さんにとって(も?)「三日間の幸福」の終わりのほうのシーンは、重みや痛みや切なさのあるシーンだったのだろうか、と..]


2014-10-27 神聖試験再開

_ 書物の中で遭遇した出来事のなかには、現実の体験よりもしるく刻印され、それ以降の世界の眺めに痕跡を残す体験に出会うことがある。

荒巻義雄の、初期から中期にかけての幻想SFは、僕にとって原型的体験だった。

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荒巻的幻想の力は、読者の身ひとつを彼方に連れて行く飛翔力ではなく、彼方の世界を日常に引き摺り寄せる地質学的な、あるいは天体物理学的な力である。

僕はいる。ここにいる。温度があり、湿度があり、いきれという言葉であらわされような、立ち籠める環界のけはい。取り巻く体臭のある風景。しらじらとけぶる魅惑的な謎を伴って。

荒巻義雄の幻想は瑞々しくない。風雨にそがれ、陽光に退色し、使い込まれて角が丸くなった中古の幻想である。

読んでいるあいだその世界に棲み、本を閉じて現実に戻るときには、同程度にリアルな、もうひとつの幻想に入り込む気分になる。いきなり空気のにおいが変わる。

行ったことのある異境を増やしてくれる、というよりは、心の領土を広げてくれる力。

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荒巻義雄は達者なストーリィテラーとは言えないし、アクロバティックなプロットを駆使したりしない。人物は定型的で、文章は生硬。しかしその欠点がむしろ、独特の原型的な浸食力に資している。いつのどこのだれのものがたりでもあるかのように。

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あるいは、このように言えばいいのか。

長いこと帰らずにいたので、無意識の境界の向こうに沈んでしまった田舎に、知らず知らず帰るときのような。忘れてしまうほどひさびさなので、異境感さえ伴う懐かしさに捕らわれるような。懐かしさの新奇さに驚くことのような。

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異境だと思っていたら故郷だった。その泣きたくなるような愕然。

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そのような風情は、天沢退二郎に向かうときと、途中まで道順がおなじで、おなじ県ではないがおなじ地方という感じだ。

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特に『神聖代』の「神聖試験」の章、僕は雑誌『奇想天外』誌上で、そのときは『神生代』というタイトルだった連載の第1回として出会った。15歳だった。

それは僕の読書体験の中でもひとつの絶頂だった。小説というものはこれほどまでにおもしろいものかと思ったが、それは結局小説一般のおもしろさではなかった。「神聖試験」の方角を眺めやれば今も、その頂きは変わりなく屹立し、その視界を遮るものはない。

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受験生の脳裏に、その後二度と使う機会のない言葉が残るように、僕の頭の中にも残っている。神聖試験の痕跡が。

聖イジチュール暦、南方教典、クララ館、神聖将棋、ダルコダヒルコ、神人遺伝学、宇宙のタクラマカン沙漠、ニルヴァーナ航法。

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11月から『荒巻義雄メタSF全集』の刊行が始まる。収録作はほぼぜんぶ読んでいるけど、月報が欲しいから予約するしかないな。

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また誰かがどこかで、神聖試験を受け、時の葦舟に乗り、柔らかい時計を食べる。

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Before...

_ 寝仔 [雪雪さん。「バベル-17」第一部までを読みました。 書き込み、消していただいたところで書いたことはなくならないので..]

_ 寝仔 [雪雪さん。 また脱線していてすみません。本を一つ置いて行きます。 「環八イレギュラーズ」佐伯瑠伽(中央公論新社)]

_ 雪雪 [葵さん、ようこそ! 長らく不在にしてほんとうに申し訳ありません! 明日なにしているかなにかんがえているかあてになら..]

_ 雪雪 [寝仔さん! ちょっと心が遠くを彷徨っているあいだに、いろいろ気を使わせてしまってごめんなさい。 無神経だなんてち..]

_ 寝仔 [ネタバレになりますのでこちらに。 「環八イレギュラーズ」読み終わってしまったあとにまだ続きがあるような気がしてしば..]