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雪雪/醒めてみれば空耳

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2003-01-06 書いた憶えのない著書を読む著者  永井均 『<子ども>のための哲学』

_ 永井均という人物が物理化学的にまったくそのままで、ただ<この私>でないことがあり得る。

とすれば、どの<私>であってもこの永井均は『<子ども>のための哲学』を書く、ということになる。

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『<子ども>のための哲学』が読まれつつあるとき、論旨にとって、著者名にあたる位置に「永井均」と書いてあるという事実は、背景的な偶然である。読む者は「じぶんの考えを親切にも誰かが手際よくまとめてくれた」と考えてよい(考えないとわるい)のであり、すなわち読者は、「書いた憶えのない著書を読む著者」という稀有な役柄を振られることになる。

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この本のなかで「他人は私がほんとうにいわんとすることを理解できてはならない」、そう語られるとき、同時に読者ひとりひとりがおなじ言葉を語る権利を持つ。

「他人は私がほんとうにいわんとすることを理解できてはならない。」

このとき、おなじ言葉はおなじ言葉ではなく、ここには、果てしなく否応なく繰り返される「読み換え」など存在しない。

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「得ることのできた読者の数だけ本は存在する。」これは言い古されたフレーズであるが、『<子ども>のための哲学』は、読み得るすべての読者の数だけ存在する。ぴったりおなじ数だけ。

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おなじ『<子ども>のための哲学』を読み得るふたりは存在しない。

そしてまだ読んでいない誰にとっても、その人のためだけのただ一冊の『<子ども>のための哲学』が、どこかの本屋に存在する。


2003-01-07 バベルの図書館夜間閲覧室

_ 胎児はどのような世界に産み落とされてもよいように、完璧な脳をもっている。

脳細胞は生後一年ぐらいまでのあいだに、数百億個という凄絶なペースで死んでゆくが、これは生まれてしまった世界に合わせて、脳が果断に削除され校正される過程である。不要とされた脳細胞は大胆に処分され、脳機能はこの世界に沿ってカスタマイズされる。まるで、あらゆる世界について書き記された無限の書物のなかから、読むに価するものを選定するかのように。

いわば胎児は実在する「バベルの図書館」であり、幼児はそのローカルな抜粋なのだ。

_ すでに誕生以前より、母体という外殻とへその緒というバイパスを通して、胎児はこの世界について旺盛に学び始めている。抜粋が開始される前からそれに備えて、じぶんが産み落とされるはずの世界に関するデータは粛々と蓄積されている。バベルの図書館の目録には次々としるしが振られていき、やがてそれにしたがい数知れぬ有翼胎児型ドローンたちが飛び立ち、薄暗い回廊に群がって、この世界にまつわる書物を選び出していく。

選定されれなかった書物はすべて、後刻焚書に付される。

_ 遺伝と環境の知能や情操に関する影響力の比率は、いろいろな算定があるけれど、いずれにしても環境は分の悪いコミを課されていることは否めない。なぜなら「バベル期」における環境の影響は、適正に環境陣営に算入されてはいないだろうし、むしろ遺伝側にカウントされているだろうから。

出産前後のこのとき、こどもは世界を相続し、決定的に変容する。

_ 母親は常に、識閾下で胎児の状況をモニタリングしているはずだから、眠りに就いて外界から遮断されているときなどは、昼間とは逆に胎児のなかに包まれて、バベルの図書館を渉猟しているのかもしれない(歩み入るのではなく、へその緒でジャックインして)。だんだんと書物がなくなってゆく果てしない書棚の連なりを、音もなく経巡っているのかもしれない。


2003-01-09 田園都市線は教室の窓を抜けて

_ 子どものころはいろんなことが未分化なせいか文脈のさだかでない共感覚がたくさんあった。

色のある匂い、手触りのある考え、味のある脇道、右の肩にすっと降り立つ声。

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泣いて泣き疲れてぐったり寝転んでいるときには、脳のなかにつっかい棒のように立っているオレンジ色の柱がにぃいいぃーんと唸り始める。この音が微妙にゆらいで楽しげにくすぐってくるものだから、それに気を取られてしばしば、泣いていた理由を忘れてしまうのだった。

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日曜日にはひとけのない幼稚園によく出かけた。庭の礼拝堂の前がお気に入りの場所だった。じっと立っていると、やがて鋭いくらい真っ青な夕陽の匂いがあたりに立ち籠めてきて、ぼくが誰かであるということからぼくの眼を逸らしてしまう。そのときだけ、心のなかでなら、360度のうちには数えられない角度に歩いていけるんだとわかった。

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八歳から九歳のころ、「田園都市線」という名前がいわれなく力を得て、心のなかで唱えると、いつも世界に漂っている濁りが地平線のむこうまで退いていって、信じられないほど世界が透明になった。教室の窓際の席から外を眺めているぼくが、とつぜん涙を流し始めるので、先生や同級生をときどき驚かせた。そのころ書いたものを見ると、班の名前や文集のタイトルがなんでもかんでも「田園都市線」になっていて、なんだか微笑ましい気分になる。

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いろいろな曰く言いがたいものが、言葉でないものや別の言葉の力を借りて、じぶんを言おうとしていたのだろう。

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長じて語彙も概念も身についてくると、ああ、あれはこのことだったのだとしばしば思い当たった。

今は頭の中にも集落ができ道によって繋がれ街が育ち、それらが地図に写し取られて、いまいるところがどこで、どこへ向かっているのか、とても言い易くなった。自分に対しても。

おさない頃は、着想がどこかへ行き着こうとしても、まだ筋道がないために、もどかしくただひたすらにその方向へ方向へと考えが吹いていたのだ。

あの頃は、そこいら中が荒れ野だったし、ほとんど道もなかった。地面さえないこともあった。

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言うことのできることが増えるにつれ、それらの感覚も消えていった。「田園都市線」も、いまは懐かしいだけの言葉になった。

でも、これと思い当たらない匂いや、色や、気持ちが、まだいくつか残っている。いまも風のようにどこかへと吹いている。「田園都市線」では通ることができなかった角度で。


2003-01-15 ぬばたまの鳥は かたちのない庭に降りる(1)

_ 「大統領の名前をさかのぼって挙げてください」

アメリカの精神疾患の症例集や精神分析っぽいテーマのミステリーを読んでいると、健忘の程度を測るシーンにこのセリフが頻繁に出てくる。俺は日本の現首相の名前も思い出せないのだが。まして順番にさかのぼるなんて無理。

固有名詞がなかなか出てこないので、書けることは限られてしまう。それに、固有名詞が必要なところでそれなしに考えていると、やけに容量を食うのでかなわない。ワーキングメモリがすぐにいっぱいになってしまって、大きく考えることができない。速く繊細に想うことができない。

失ってみるとわかるのだが、名前や概念の検索というのは触覚に近いものがあるな。最近は心の指先に血が通ってない感じがする。

_ 子どものころじぶんの心のなかに起源のわからない触感を見付けると、心の指でそっと触れて、壊れてしまわないように注意深くかたちを探った。かたちがはっきりしてくると、今度はそのかたちが示すいくつかの角度から、いったいどんな場所に行くことができるのか、闇のなかを手探りしてゆく。あ、ここに径路がありそうだ、と気付くと、少し逡巡する。最初の触感から離れてしまうと、もうそこに戻れないかもしれないから。おそるおそる、ほんの少し離れては戻り、思い切って羽ばたいてみてはさっと身を翻ししてその先にあるものが、最初の触感と引き換えになるくらいすてきな感じかどうか、天秤にかける。そして、思い切って飛ぶ。うまく着地できたら、ふたたびそのあたらしい場所の手触りをそっと探り始める。そこからまたどこかへ。

はじめの場所から遠い遠いところにたどり着くと、時折、ずっと昔に別の径路から来たじぶんの痕跡を、見付けることもある。ああ、あの道をまたたどることができるのかとうれしかったりもするし、それより別のあたらしい径路をたどりたくもあり。

そんなふうにして、心のなかを飛び石伝いにどこまでも動いていくと、心の外のことはすっかり意識から遠のいてしまって、はっと気付くとあたりは真っ暗で、空腹と消耗のあまり、すぐには立ち上がることができないのだった(これをやると、体重が2キロぐらい減るのだ)。

_ ああ、そうだ。

小泉な。

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経験とカンを頼りに、心のなかをむやみに動き回っていたぼくは、だんだん言葉を覚えるにつれて、非常に驚かされることになった。

じぶんでは、なんか神秘的で奥深い「特別なこと」をしているつもりだったのに、それは誰でもやっているありふれたことなんだと分かってきたからだ。

_ 心のなかの場所から場所へ、かたちからかたちへぼくを運んでくれる、まぼろしみたいに微妙な〈角度―径路〉のひとつひとつに、なんと名前が付いていて、世の中でふつうに使われていて、国語辞典にだって載っているのだ。

こいつはびっくりだ。世界はどうやら、ぼくの想像を超える不可思議なしくみになっているらしい。鈍感でなまいきで世界を少しなめていたぼくは、ちょっと神妙になった。

_ ぼくはひまな時間があると国語辞典を読んだ。魔法の名前を集めた。ひまな時間というのはつまり授業中である。授業中以外に国語辞典を読むほどにはひまじゃなかった。

自由課題の読書感想文に「国語じてんを読んで」というのを書いて先生におこられた。だって国語辞典ぐらいしか読んでないんだものなあ。

_ そのうちに、ふしぎな名前たちは、たいていおなじ分類に属することが分かってきた。

_ それらは概して「副詞」や「接続詞」というなかまに入っていて、<たとえば>とか、<あるいは><そして><なぜなら><けれども><もしも><つまり>というような名前のものたちだった。

かれらの名前を呼ぶとそれだけで、意識を集中することもなく、微妙な角度を測ることもなく、羽ばたきもせずに心のなかを移動してゆけるのだ。高層の気流に乗って、睡ったまま山脈を越えてゆく渡り鳥のように。

ただ単に、ならば―しかし―とはいえ―すると―あたかも―、そんなふうに唱えるだけで、高速で心のなかを動いていけるのは楽しかった。ああ、世の中で言う「筋道が立つ」ってこのことか、と思い当たった。

_ もっとおさない頃、こたえは分かっている気がするのに、どうしても考えがそこに到達しなくてじたばたすることがあった。

「どうしてわかっていることがわかっているのにわかれないんだろう?」

副詞・接続詞という気流がないから、ただむやみにあてどない風となって吹いていたのだ。ときには、つむじ風のようにその場に留まったまま。今はまだ立たない筋道を渇望しながら。なにを欲望しているのか、気付かないまま。

_ 思えば心のなかをどこまでも羽ばたいて飛んでいったとき、ぼくは内容のない概念から概念へと、思考が静止に堪えられずに立ち上げてしまう筋道に沿って、ひたすら動き続けていたのだ。ふつうに物事を考えるしぐさとおなじこととは気付かないで。

内容のあることを考えていたら今頃もっと賢くなっていたのにと、口惜しい思いにかられたり。でも、考えの外側を飛ぶのは、暗くてきらきらして、とってもどきどきする体験ではあった。

闇に射す一条の光のように筋道が立ち上がるあの瞬間―。

_ ぼくは「副詞・接続詞」が大好きになって、この角度やあの径路にどんな名前がついているのか探索を続けたが、やがてあたらしい不思議が、小舟の上から見る魚影のように、群れをなして浮かび上がってきた。


2003-01-16 微小にして断続的な夏

_ 大きな人工水路沿いのうねうねっと屏風みたいな家並みを、うねうねっと自転車で走る。

先の方にあるブロック塀になにかぶら下がっているのが見える。黄色いものと水色のものと薄桃色のもの。べったりと背の低い木造の家の塀だ。

近づいてみると男の子がふたり女の子がひとり、四年生か五年生くらいだろうか、塀の上に脇を懸けるようにして、並んでぶら下がっている。声を交わすでもなく、前を向いたままじっとしている。こんな奇妙な光景を見たのはひさしぶりだ。好奇心を抑えられず自転車を止める。

「なにしてんの?おまえたち」

「風鈴聞いてるの」

言われてみれば確かに、軒先に下げっぱなしの風鈴の音が、なけなしの風でかすかにひびいている。夏に涼しい風鈴の音は冬聞くと寒い。

俺がガキのころはがさつで落ち着きがなく、風鈴の音に聞き入るような気の利いたところはなかった。塀にぶら下がって冬の風鈴に聞き耳を立てる子どもは風鈴より風流だ。ひとり持って帰って、うちの軒先に掛けておくか。


2003-01-19 走れ廊下を、逆立ちで

_ 親のいない子、親と離れている子のための施設が小学校の裏山にあって、同級生にたくさんいた。どういうわけか、みんな勉強ができなくて背が低くて脚が速かった。「おこづかいあげる」そのうちの一人から二〇円もらったことがある。もらったときはS君だったが、二度苗字が変わり、いつの間にか学校に来なくなった。

_ その施設にはよく遊びに行った。友達を誘うとたいてい「行っちゃダメって言われてるから」と断られた。長い坂を登っていくと、いつも庭のおなじ場所に座って水彩画を描いている女の子がいた。庭のまわりに広がる草っ原だけを、いつ見てもそれだけを描いていた。「なんでいっつもおなじの描くんだよ」「おなじじゃないもん」

窓が大きいから、かえって中はいつも薄暗かった。板張りの広い部屋になぜか鉄棒とジャングルジムがあって、手のひらを金臭くして遊んだ。逆立ち歩きで競争するのが彼らの公式競技で、ぼくはぜんぜん歯が立たなかった。学校の廊下でもよく走ってたっけ。逆立ちで。

_ いつの間にか来なくなった(二〇円の)彼が、海で見つかった。父親のひとりに橋から投げ落とされたという。

おなじ頃ぼくは、別の友達と、おにごっこをしたり野球をしたり牧場に行って牛のおっぱいを触ったりしていた。家に帰れば、祖母と殴り合って、祖父には一方的に投げ飛ばされていた。戸棚が壊れ壁に穴が開いた。祖父母は現役の指圧師だったので、並みの若い男より力が強かった。

_ 中学生になっても、ガキ大将として近所の子どもを引き連れて外で健全に遊んでいた。電電公社の社宅の屋根に登っていると、母親に連れられて同級生の女の子が通りかかり、「雪雪くんはいいね。勉強しないでよくて」と言った。母親は「そうねー」とも言えず複雑な表情をした。

小三のとき彼女が書いた、みどりいろの髪の女の子の物語が、あんまりすてきだったので、ぼくはその子にずっと嫉妬していた。もう物語は書いていないみたいだった。


2003-01-20 空にいるもの 地にましませ

_ 今日、初めての目醒め。

さっきまでいなかった私がここにいる。

疲労の重い名残りも、「起きたくない」気分も、なにもかもが新しい。

今までの「目醒め」の記憶とさして変わりない変哲のない朝。そんな想いを飴玉のように脳内でしゃぶる。

_ 「じぶんをたったひとつの言葉で表すとすれば、それは憎悪」子どもの頃、まじないのように繰り返していた言葉を、脈絡なく思い出した。

子どものころはっきり言葉にしてそう考えていなければ、そんな子どもだったことは忘れていたかもしれない。いまのじぶんと全然ちがうから。

_ 月並みな比喩は的確だ。憎悪は火のようだった。いつも炎が燃え盛っているから、もっとおとなしい、かぐわしい記憶やすてきな時間には、くろぐろと焦げ痕がついていた。傷んでいないものは何もなかった。

宿命や運命と名の付くものを憎んだ。ふつうであることを蔑み、自然であることを唾棄した。世界を灼き尽くしたいと念じ、じぶんを殺せば同じことだと思い、その素直な思考の流れを拒んだ。憎悪しか燃えるものがなかった。怒りしか燃料はなかった。復讐しか生きる力はなかった。憎悪のほかよるべがないことを憎悪した。じぶんが「このようなもの」であることを嫌い、嫌うことを嫌悪した。いささか一本調子な子どもである。

_ 空を見上げて、神か宇宙人か知らないが、「すべてを見知っている説得力のあるもの」が降りてきて、救いの言葉をもたらすのを待っていた。

「この子は狂っています」

早く救けに来てください。そばに来てくれないと殺すことができない。


2003-01-21 ぬばたまの鳥は かたちのない庭に降りる(2)

_ 時に、聞き慣れない副詞・接続詞に出会う。

えてして、みだりに、やおら、おもむろに。

最初はとまどう。物の名前を調べるのとはちがって辞書を引いたってぴんとこない、使えない。ようし、どんなふうに覚えていくのか見届けてやるぞ、と思う。

ところが、どうでしょう。気がついたときにはすでに使っているのである。何気なく。あたらしく覚えた瞬間などなかったみたいに。いつもそうなのだ。

寝入る瞬間を見届けることに腐心したおさない頃の試みを連想する。眠り込む瞬間まで起きているぞ!と心に誓う。まだ起きてるまだ起きてるまだ起きてるまだ起気がつけばすでに朝。「また、見逃した・・・」すっきり目覚めながらいつもがっくりしていた。

そんなありふれた朝のように、ふと気がつくとぼくはもはや、あたらしい接続詞の使い手になっている。まるであたらしい言葉を覚えたのではなくて、ふるいふるい記憶がよみがえったかのように。

見慣れない副詞の、その用法を、文脈から類推してみたことはある。でもそれはたまたまのことだ。ほとんどすべての接続詞をぼくは、なんと言おう、そう、ひとりでに覚えた。

_ 子どもたちは「だって」や「もっと」をひとりでに使い始める。どういう場合に「だって」と言うべきなのか、説明して覚えさせなければならないとしたら、誰もが立ちすくんでしまうのではないか。

_ 言葉のなかでもとりわけ副詞・接続詞たちは、謎めいて魔法的なけはいをまといつけている。

目の前を横切るけものを「ねこ」と呼ぶことや、心にあふれかえる熱烈な感情に「愛」と名付けること。その牧歌的な挙動とははるかに隔たって、あの精妙で、捉えがたく仄めく角度・径路のそれぞれを、見分け、言分け、名付けようとすること、それはさかしらで分外の試みであるように思える。不可能とさえ思える。けれどもどうしてか、企ては効を奏した。

_ 名詞や動詞、形容詞なら、いくらでも新しい言葉を創ることができる。でも新しい副詞や接続詞を創るのは容易なことではない。それらは、意味が通ることができる、定められた径路に付いた名前だから。

名詞動詞形容詞が言葉の肉体だとするなら、助詞は関節であり、副詞・接続詞はその肉体の振る舞いと言えようか。副詞・接続詞が機能しない場所では、意味は植物のように、ひとところに留まるだろう。

副詞・接続詞が、言葉を動物にする。餓えと欲望をあたえ、求め続けるものにする。意味を携え、また別の意味を尋めゆくものにする。

_ 言葉を覚えたサルたちの言語行動を見ると、かれらと私達を隔てているのは根幹的な一部の副詞・接続詞ではないかと思える。もしかするとただそれだけなのではないか、とさえ感じる。

〈もしも〉〈ならば〉〈しかし〉〈あるいは〉〈ようするに〉・・・・・・・

限りなく「人間的な」言葉たち。

この先人類がもし、人類以外のものに進化するときが来るとしたら、その徴候はひとつの、まったくあたらしい副詞・接続詞の登場かもしれない。


2003-01-29 疲労の次の季節は春

_ 山に登る人が時折後ろ向きに登って筋肉を休ませるように、たまに違う使い方をしないと脳もへとへとになる。

_ で、今へとへと。ぴくりともしない感じだ。

右耳と左耳、それに両耳に聴こえる三種類の耳鳴りが、たがいを遮ることなく鳴り渡っている。遠く隔たったみっつの寒さの海岸に、同時に立っているみたいだ。

_ じっと眼を閉じて、熱のように蓄積した疲労を冷ます。

ほの暗い視野がだんだんと明るんでいき、みっつの水平線から湧き上がる雲のように、遠くから、湿り気を帯びた言葉がゆっくりと還ってくる。離れては雲に見えても、それは無数の羽ばたくものたち。中空に舞い、不意の慣性に目覚めながら、発芽の季節を察知する種子のように、こちらを察知している。我勝ちに飛んで来る。話されようとして、記されようとして、交配されようとして。

_ たぶん抽象的なものたちにも、繁殖の本能があるのだろう。


2003-01-30 鍵穴のない宝箱の鍵

_ この世にはけっして開けることのできない宝箱がある。宝を手にするためには、宝箱のなかに生まれるしかない。そんな宝箱。

けれど宝箱のなかでは、宝は宝ではない。

_ 宝箱のなかに生をうけたものはきっと、宝箱を開けずに、宝を外に移す方法を模索するだろう。宝箱にいながらにして宝箱を出てゆく道を探し求めるだろう。

_ そのような試みの一端が、言語である。