_ 親のいない子、親と離れている子のための施設が小学校の裏山にあって、同級生にたくさんいた。どういうわけか、みんな勉強ができなくて背が低くて脚が速かった。「おこづかいあげる」そのうちの一人から二〇円もらったことがある。もらったときはS君だったが、二度苗字が変わり、いつの間にか学校に来なくなった。
_ その施設にはよく遊びに行った。友達を誘うとたいてい「行っちゃダメって言われてるから」と断られた。長い坂を登っていくと、いつも庭のおなじ場所に座って水彩画を描いている女の子がいた。庭のまわりに広がる草っ原だけを、いつ見てもそれだけを描いていた。「なんでいっつもおなじの描くんだよ」「おなじじゃないもん」
窓が大きいから、かえって中はいつも薄暗かった。板張りの広い部屋になぜか鉄棒とジャングルジムがあって、手のひらを金臭くして遊んだ。逆立ち歩きで競争するのが彼らの公式競技で、ぼくはぜんぜん歯が立たなかった。学校の廊下でもよく走ってたっけ。逆立ちで。
_ いつの間にか来なくなった(二〇円の)彼が、海で見つかった。父親のひとりに橋から投げ落とされたという。
おなじ頃ぼくは、別の友達と、おにごっこをしたり野球をしたり牧場に行って牛のおっぱいを触ったりしていた。家に帰れば、祖母と殴り合って、祖父には一方的に投げ飛ばされていた。戸棚が壊れ壁に穴が開いた。祖父母は現役の指圧師だったので、並みの若い男より力が強かった。
_ 中学生になっても、ガキ大将として近所の子どもを引き連れて外で健全に遊んでいた。電電公社の社宅の屋根に登っていると、母親に連れられて同級生の女の子が通りかかり、「雪雪くんはいいね。勉強しないでよくて」と言った。母親は「そうねー」とも言えず複雑な表情をした。
小三のとき彼女が書いた、みどりいろの髪の女の子の物語が、あんまりすてきだったので、ぼくはその子にずっと嫉妬していた。もう物語は書いていないみたいだった。