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雪雪/醒めてみれば空耳

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2015-11-10 叙景集

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地表からぺりぺりと街を剥がして、ちょっと西に貼り替える。街のない住所が残る。

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書道と柔道の交差点を右に

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霧雨の雨音の録音

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湿り気博物館に勤めている黴と、その妹から剥がした絆創膏

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遠すぎてよくみえない夢をみるための双眼鏡を造っている工房で働くのが夢

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独裁者検定準2級

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ミクロコスモスのブーケ

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水面に魚が次々と浮かんでくる。息を止める競争をしているらしい。

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「生まれ変わったらもう一度結婚したい」と言っていたから待っていたらすぐに生まれ変わってきたけど、あなたと再婚できるまでにはあと16年待つわけで、長いしそのときこっちはいくつよ。

死のっかな。そんで大至急生まれ変わろっかな。

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震度マイナス5弱

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性欲一年分をペアで五組の方に

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感じすぎる画布に、「触ってごめん」と謝罪しながら絵を描くのに疲れた。

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「読まれるのが嫌いな文字です」という自己紹介を読むのは失礼。

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本日のコメント(全3件) [コメントを入れる]

_ 寝仔 [叙景集、来ていますよ、とそっと空中に囁きます。]

_ 越水利江子 [あらら、今年はまだ更新がないんですね~また出直します。遠過ぎて見えない夢が見える双眼鏡、私も欲しいです~]

_ 雪雪 [すみませぬ。 クリスマスから年末年始、世をはかなむくらい忙しかったのです。]


2015-11-11 叙景集

_ 884

居留地を貫く幹線路を歩いてる。ふいにびょうと横殴りの風。ころんころんと道を横切っていったのは転がり草ではなく、結跏趺坐のままミイラ化した覚者。

森の際や丘の上にも結跏趺坐した人影がある。生死は不明。

静か。とても静か。

穏やかな人のそばにいると、自分も常になく穏やかな心持ちになったりするものだが、この場所は、その人の周囲に広範に「平静さ」の圏域を濃厚に展開するくらい落ち着いた人達の居留地。そんな強烈に穏やかな人たちのけはいが、幾重にも重なっているような場所だから。

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意識は個人の主人ではなく、リアルタイムの判断の権限を持っていないという知見が一般的なものとなり、意志や欲望や自由の意味が否応なく変わり、ひと時代前の文学のほとんどが、神話やメルヘンのようにしか読めなくなった頃から、悟りを開くことが容易になり、世界に覚者が増え始めた。

「『色即是空』即是色」「『空即是色』即是空」という不可思議なフレーズが、覚者の中の覚者たちから生まれ、人口に膾炙したが、むろん悟らざる身である私には意味不明である。

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覚者は共同体の鎮静剤のように働く。彼彼女らが増え過ぎると、共同体は活力や競争力を失い急速に衰亡する。加えて彼彼女らは病弱で、危険な感染源になる。免疫がひどく非活発であるために。まるで体内でさえ争いはしない、とでもいうように。ゆえに隔離せざるを得なかった。

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覚者達は煌めくような叡智を持っていた。すばらしい書物がいくつも書かれた。しかしどれもこれもおなじすばらしさだった。科学的技術的芸術的にあたらしいものはなにも生み出さなかった。ノーベル賞といえば平和賞しか獲らない賢者たち。

さらば科学や芸術の、斬新な知見を世界から掴み出すには、強烈な妄執や欲望が必要なのかもしれない。

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誰でもよかった。最初に出会った覚者に話しかけようと思っていた。

最初に動いているのを見かけた覚者は子どもだった。道筋の行く手から、私が来るのを知っていたように歩いてくる。少女か少年か、にわかには判別できない。

居留地で子どもはめずらしい存在である。覚者達はほとんど生殖しないからだ。子どもである、というだけでその人が特別な存在であろうことが分かる。

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「集められたことによって、あなた方は一層弱っています。居留地は解体され、距離を置いて一人ずつ暮らしていただくことになりました」

その人の表情は変わらない。私に判別できるほどには。

「気にしないで。私達はここで一足先に滅びます」

「そ、それは」

私は説得の言葉を継ごうとして、しかし押し黙った。そうだ、議論の余地はない。これは総意なのだ。かれらは厳密に同一の世界観を持っているのだから。

「先に、と言っても少しだけですよ」

「え」

「驚くことはありません。ありふれたことです。絶滅なんて」

そしてその人は、満面の笑みを溢れさせた。そのように見えた。表情は無表情のままで。

私は咄嗟にドローンとの接続を切った。

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轟音とともに2000㎞離れた肉体に帰還した。

いきなりの切断は奨励される行為ではない。私の認知系は自分の肉体に激突して、抽象的な土煙がおさまるまで、惑乱した。

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まだ息が荒い。

なんだあれ。

ここよりも近く今よりも高い場所を見た。ちらっと。

あの子どもは、たぶん私の悟りを開こうとしたのだと思う。なにげなく、飴の包み紙をほどくように。そこに飴があったから。

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それ以来、私の心の中には箱がある。内側から開こうとする箱が。

私の心は、いつもその箱の上に座っている。開かないように。

箱の中からノックの音がする。礼儀正しく穏やかに。余裕の間隔で忘れた頃に。

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2015-11-12 北極星はどれですか?

_ 池谷裕二と中村うさぎの『脳はこんなに悩ましい』は、対談なので掘り下げは他のより専門的な本に譲らなければならないが、探索のきっかけになる興味深い話題に溢れている。

プラセボは、処方する医師への信頼が厚いほど、そして価格が高いほど効果が出る。

あるいはワイン好きを集めてワインを数種類用意し、でたらめな値段を表示して試飲させる実験。高価なワインに百円、安いワインに五千円みたいな表示になっているわけだが、試飲した被験者の脳内では、表示された値段に比例して快感回路が活動する。つまり高いほどおいしく感じる。

こういう話題にはあちこちで出会う。人はなんとまあ権威に弱いものであるなあとか、事前情報に踊らされて本質を見失なうことのないよう気をつけようといった感想を抱かれがちだと思うが、これは人間の長所でもある。

権威のお墨付きがあるとき、その対象の魅力が強調される能力がなかったら、人は自分の殻を破って成長する機会の多くを失う。

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本を読む人なら、自分の向かう少し先にいる羅針盤のような、あるいは遙かに見上げる北極星のような、指針となる読み手を持っているだろう。

今は自分の歯がたたない本、どこがいいのかわからない本、いくら読んでも五里霧中な本は、誰にも数限りなく存在する。そういう本の中でも「この本はあの人がすごいと言っていたのだからきっとすごいのだ」、そう信じることがその本の魅力を強調してくれるからこそ、もう少し読み進んでみようとするし、たとえ挫折してもいつか再び手に取る動機になる。

ちっともおもしろくなかった本をひさびさに手に取ったとき、おなじ本とは思えないほどおもしろかったときの感動は、ほんとうに格別だ。

権威に弱い、という人の欠点は反面、届かないものに届こうとして伸ばした腕を支えてくれる筋力でもある、と思う。

あるいは、羅針盤となる人がすごいと言っていたのだからきっとすごい、そう思うことがひとつの名前を憧れとともに心に刻印してくれないとしたら、ましてや北極星は容易には見つからないし、それに見合う高みに輝くこともない。

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2015-11-22 解錠音による交響楽

_ 「性格って変わるもの?」という問いを、いろんな人に幾度となく訊かれた。

一例に過ぎないが、若い頃、短気で乱暴だったぼくは、今では温和で気の長い人と目されている。うん、変わると思うよ。

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人は環境や境遇や出会う人の影響を多大に受ける。一人の人物が多様な変化の可能性を持っていても、じっさい観測されるのは現実化した一例だけだから、その振り幅を実感する機会はほぼ無い。しかし十年前に分岐した可能世界のあなたと、この世界のあなたを、今較べることが出来たら、思いの外ちがった人になっているんじゃないかな。

この世界のあなたを「あなた」と呼び、分岐先のあなたを「かなた」と呼ぶとして、十年後にあなたとかなたが会って話したら、あなたが夢中になっているバンドを、かなたは「聴いたことあるけど、まあ嫌いじゃないよ」なんて言うし、かなたが「この十年で最高の映画だった。世界観が変わった」と言う映画を、あなたは観ていないし、かなたに言われるまで観る気もなかったろう。この十年でいちばん辛かったこと、思い出したくもないそのことを、無意識が検閲してあなたは思い出せなくなっているし、かなたは思い出せるが、そもそもちがう出来事だろう。

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クラーク・エリオット『脳はすごい』(青土社)は、交通事故による脳震盪で多様な障害に見舞われた人工知能研究者の体験記である。

まずその症状が多彩で興味深い。

そして何よりも、著者がとても賢くて卓越して鋭敏ですごく粘り強い。ゆえに、知覚と精神と身体と行動に表れる様々な症状の実態と分析と悪戦苦闘が、比類ない生彩さで活写される。

脳の異常は世界の異常である。世界を変容させるような異常が、どんな角度から訪れ、どんな力で働き、それに対して理性と根性がいかに抗し得るか、あるいは抗し得ないのか。このようなことに関心のある人にとって、必読の一冊だと思う。

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後半、著者は長年の苦しみから解放してくれる画期的な治療法に出会う。それは簡便なエクササイズの補助を伴いはするものの、基本、患者の症状に応じてカスタマイズされた眼鏡をかけ、治癒の度合いに沿って掛け替えてゆくだけ。

細目は本書を読んでいただくとして、世界の「見え方」を変えてゆくことによって、脳を変えてゆくのである。この過程で、狙った治療効果に連動していろいろな狙ってない変化が起こる。まるでクラーク・エリオットの、あなたとかなたがザッピングされるみたいに、思わぬ変化が起こり、その変化が変化する。

これから読む人にあまり予断を与えないように、あえて具体的には書かないが、このあたりの展開は、「こんなに知らないことがたくさん書いてある本はひさびさだなあ」と感じるほど、新鮮な認識に満ちている。扉があるとは知らなかった場所で、鍵の外れる音がひびく、あの感じだ。

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長い間破られず、不滅の大記録と称された世界記録が、ひとたび破られると、それを破る選手が次々あらわれる。

「破れない」という認識によって抑えられていたものが「破れるんだ」という認識によって解禁される。

そういう認識の薬効が、この本にはある。こんなことが可能なんだ、世界の親しさ美しさが芸術的感性が性格が、こんなに容易に変わるんだ、という認識が、読む人の無意識の中の暗黙の常識を撤回する。たとえ「やりかた」はわからなくとも、無意識の心の準備が感性を鋭敏にして、親しみのなかった「やりかた」の情報たちを、のちのち振り向かせるだろう。

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無意識を動かすのは、「なにをするべきか」という託宣ではなく、「それはできる」という実感なのだ。

無意識が「できる」と思えなければ、したくならない。最高の勉強法とは「やりかた」ではなく、「できるんだ」という希望と、「したいんだ」という渇望である。

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Before...

_ 愛傘 [初めまして。とある蝶のハードカバーから翔んできました。 僕は希望の反対は絶望じゃなくて渇望だと思っていて。喉が潤っ..]

_ 愛傘 [ですがの繰り返しと、脳の誤変換はお許しください]

_ 寝仔 [厳密に書けば酷薄と優しさの同居です。先の書き込み。 続き楽しみですが、そう言えばこの世界にはまだ描かれていない続き..]

_ 寝仔 [雪雪さん。 故あって予定を繰り上げ帰還しました。 旅の途中でこの本を買い、お土産話と言った自分に言質を取られたが..]

_ 寝仔 [書くのが遅いですので、きっと2月か3月になるかもしれません。 投函しましたら手を振りに来ます。]