_ 池谷裕二と中村うさぎの『脳はこんなに悩ましい』は、対談なので掘り下げは他のより専門的な本に譲らなければならないが、探索のきっかけになる興味深い話題に溢れている。
プラセボは、処方する医師への信頼が厚いほど、そして価格が高いほど効果が出る。
あるいはワイン好きを集めてワインを数種類用意し、でたらめな値段を表示して試飲させる実験。高価なワインに百円、安いワインに五千円みたいな表示になっているわけだが、試飲した被験者の脳内では、表示された値段に比例して快感回路が活動する。つまり高いほどおいしく感じる。
こういう話題にはあちこちで出会う。人はなんとまあ権威に弱いものであるなあとか、事前情報に踊らされて本質を見失なうことのないよう気をつけようといった感想を抱かれがちだと思うが、これは人間の長所でもある。
権威のお墨付きがあるとき、その対象の魅力が強調される能力がなかったら、人は自分の殻を破って成長する機会の多くを失う。
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本を読む人なら、自分の向かう少し先にいる羅針盤のような、あるいは遙かに見上げる北極星のような、指針となる読み手を持っているだろう。
今は自分の歯がたたない本、どこがいいのかわからない本、いくら読んでも五里霧中な本は、誰にも数限りなく存在する。そういう本の中でも「この本はあの人がすごいと言っていたのだからきっとすごいのだ」、そう信じることがその本の魅力を強調してくれるからこそ、もう少し読み進んでみようとするし、たとえ挫折してもいつか再び手に取る動機になる。
ちっともおもしろくなかった本をひさびさに手に取ったとき、おなじ本とは思えないほどおもしろかったときの感動は、ほんとうに格別だ。
権威に弱い、という人の欠点は反面、届かないものに届こうとして伸ばした腕を支えてくれる筋力でもある、と思う。
あるいは、羅針盤となる人がすごいと言っていたのだからきっとすごい、そう思うことがひとつの名前を憧れとともに心に刻印してくれないとしたら、ましてや北極星は容易には見つからないし、それに見合う高みに輝くこともない。
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