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雪雪/醒めてみれば空耳

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2004-05-03 叙景集

_ 604

森色の洗濯機が春を回す。

洗濯物を干そうとすると、洗濯バサミがいっせいに、「わー」と言って走って隠れる。仕方ない。春だから。「おてんとさまに会いにいきますよー。さあさ集まってっ」パンパンと手を拍つと、聞き分けのいいのから順にたったかたったか集まってくる。

いい天気はベランダで首をかしげながら待っている。

お待たせ。

洗濯物たちは物干竿にとまって、さえずったりはばたいたりしているが、おてんばな洗濯バサミにときどき強く噛まれて、身をよじる。

.

_ 605

北に向かいがてら

東が爪弾いていく

緯線経線

上空を滑る日付が振り撒いていく羽毛を見送りながら

水平線と

地平線が

ラインダンスみたいに

手に

手をとりあって

どこまでも

反り

返ってゆく

.

_ 606

「瞳の中にぼくが映ってる」

「あなたの瞳にもわたしが映ってる」

「瞳の中の二人も見詰め合っているのかもしれない」

「瞳の中の二人の瞳の中に映る二人もきっと」

「合わせ鏡みたいに」

「どこまでも見詰め合ってる」

「もしかすると」

「もしかすると?」

「ぼくたちも瞳の中に映った像なのかもしれないね」

「あら」

「?」

「そのとおりよ。気付かずにいたの?」

「????気付かなかった。どうしてわかるんだい?」

「わたしたちの世界には欠けているものがあるから」

「欠けているもの?」

「わたしはあなたの瞬きするところを見たことがないし、あなたもわたしの瞬きを見たことがないでしょう?」

「??ああ、そうか。君は頭がいい。ぼくは眼を閉じた君の姿を永遠に見ることができないんだね」

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2004-05-04 叙景集

_ 607

通い慣れた街並だというのに、夜闇にまぎれれば迷ってしまう。

そんなふうに脳内に夜がきて、いつもの筋道が見慣れない考え。

そんな街角で街灯がぼんやり、視程のむこうまで続いている。

だんだん滲みながらちいさくなって

道ではないのだけれど通れる場所を

教える。

考えのなかから思考が出て行く刻限。

.

もうそんな時間?

もうそんな時間?

もうそんな時間?

.

残響で、まとまらない考えが、思考にぶつかってくる。

夕まぐれの羽虫のように。

顔にかかって、前からくる羽虫ばかりが気になるけれども、後ろからもくる。

.

_ 608

声を砕く。

.

_ 609

雪の上で砕けた炭のように、冬の野の上に葬列がある。

誰にとっても謎めいてあるような女にとって謎めいている男が、葬列の中に混じっている。その謎を言い当てる人はいま、棺のなかにのんびりといる。今後永久にのんびりしていてくれるようにと女は祈る。

その横顔を盗み見て男は、「心配事のある女はうつくしい」と思う。

心配事の質が、女のうつくしさを決定する。

そう言った人は今、この情景の視界内にいない。

太陽はゆっくりと昇りながら、じぶんが昇っていくごとにうつろう、物の影の長さを測っている。

影がひとつ、みずからが何ものの影なのかを、気にしはじめる。

.

_ 610

てのひらに溜めた虹をとろとろと我が子の瞳に流す

.

_ 611

◆決定論◆

一者択一。

.

_ 612

星々の

あいだを渡りゆくものの

ひづめが残す連なる三日月


2004-05-21 午後3時15分

_ 五月二十一日午後三時十五分。

空に少しだけ秋があり、風にかすかに夏がある。

_ 高圧線の鉄塔にななめに立ち尽くしている

まだものごころのつかない冬と眼が合う。

冬の、おおきすぎる野球帽が

ゆれる。