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雪雪/醒めてみれば空耳

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2002-12-02 行間の加筆と訂正

_ 男は私の書いた詩を2秒か3秒ぼんやりながめると、匂いを嗅いだり、なめたり、陽の光に透かしてから、「この字を書いてあるところだけが詩なのかい?」と聞くのだった。

(高橋源一郎 『さようなら、ギャングたち』)

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_ おもしろい本というものは、そこに書かれていないことこそがおもしろい。

眼を上げて、字面以外のところを読んでいる時間が、長いほどおもしろい。

それがたとえば200ページの本なら、むくむくとふくれて300ページにもなるし500ページにもなる。読み返すたびに、またふくれる。

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_ でかけようと思っていたのにあいにくの雨で、くるりと空振りした気分のときなどに、お気に入りの本を取り出してひさしぶりに読み返してみる。いままで見えなかった新しい行間が見えてくる。記憶にない愛読書に出会って、新鮮な感動を覚える。

これぞ豊かな読書体験というものだな、などと思う。

思ってはいるのだがしかし時には、

もはや以前のようには読むことができなくて、ひもじいと思うことがある。さもしかろうとも口惜しいと、焦がれるような思いをきたすことがある。

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_ 大切に手許に置いてあっても、二度と読むことができない本が、何冊かある。そこに書かれていないことが、すっかり書き換えられてしまって、もうおなじ本じゃないのだ。

本のほうからすれば、察するところ「まえに読んでくれたあのひとに、また読まれてみたい」って思っているかもな。

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2002-12-04 魔法の本はどこに

_ たった一冊の本のはなしです。たいした問題ではないのです。くだらないことです。

一冊の本がなくなりました。わたくしは、ここへ来るとき三冊の本をもってきたのです。

聖書と『愛犬の友』別冊と、こんどなくなってしまった本の合計三冊です。スリッパは八足持っています。

あの本を――あの本が、ここにあれば、この本と言わなければなりません。あの本が、そのへんにあれば、その本となります。死んでいなくなった人を、この人とは言えませんからね。でも写真を見ながらなら、この人でもよいのです。写真をお見せしましょうか。この人はわたくしです。

(佐野美津男「魔法の本はどこに」)

_ 佐野美津男が活躍した時代はもう二〇年以上前のことだ。

人の心がどのように折れるものか、折れた心をどのように癒そうとするか、癒しきれなかったものはどのように還ってくるのか。あのころ、そんなことを子どもに向かって書いてくれるのは、ほとんど彼だけだった。じぶんは狂っていると思ってる子どもの心構えを教えてくれるのは、ぼくの知る限り彼と天沢退二郎だけだった。

『魔法使いの伝記』『まぼろしブタの調査』『ピカピカのぎろちょん』『原(ウル)猫のブルース』。彼のファンタジーはどれも特別なのだが、『午前2時に何かがくる』を読んだことがない。

_ 児童文学のサイトで目次を見つけた。

_ ゆうれい/耳の奥のハトの声/暗やみの穴/ガリレイ式双眼鏡/丘の上の白い家/ローオルヒヤセルペンチィナ/R精神病院/陰気な盆おどり/第六病棟八号室/白い家の女の子/ユミの大冒険/午前2時のことば

_ 目次を見るだけで、すてきなものであることがわかる。

読んでみたいな。今のぼくには、なんの役にも立たないだろうけれど。

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Before...

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2002-12-06 まだ知らないことを伝える

_ マッチをあてがっておけばおとなしくしているので、三歳ごろのぼくは、両親にとっては好都合な子どもだった。知人の家を訪問して、子どもがぼく一人で、子どもの気を紛らすものがなにもなくても、かまってやる必要はない。昔はどこの家にもマッチは大量にあったので。

_ 丹念に一本一本並べてゆく。三歳児にとっては、炬燵の上のデコラ板は広大なフィールドだ。徳用マッチが一箱あれば、素材のほうも充分で、遠大な構想を練ることができる。遠いところに並べるには、歩いてぐるりと回り込まなければならない。まんなかへんに並べたいときは、まだ空いている方向から、んしょっと身を乗り出さなければならない。せっせせっせ。

通りかかった大人がのぞきこんで声をかけてくる。

「うわーすごいねおしろかな?」「じょうずだねーぶっぷかな?」

ぼくはあいまいに笑い返す。内心がっかりしているのだ。そんなものに見えてしまうなんて無念だから。

「なにをつくっているのかな?」

ぼくはまだ数え切れるほどのことばしか知らないから、うまく言えない。「これは記号じゃないよ。これがそのものなんだよ。だから、つくっているのはこれだよ」などとは。

大きくしたいので、マッチの配列が育っていくのに遅れないようにがんばる。でもうまくいかないことも多いのだ。とかく大きくしたい気持ちがはやって、いきおいにまかせてあやふやなところに置いてしまうから。さっきまではすごかったのに、気がついたときには、いつのまにか全体が、すっかりみすぼらしくなってしまって。

まちがったところからやり直すことはできない。もう、そのときは過ぎてしまったのだ。

ぜんぶ片付けてはじめからだ。

_ ほんとうは期待していたのだ。何回も想像したのだ。

通りかかった大人が、ぼくのしていることを見て、びっくりした顔をする。その人は笑ったりしない。黙ったままそっと近づいて、よーく見て、少し考える。それからぼくがまだ知らない、これのほんとうの名前を言うんだ。

「これは、・・・・・・・・だね?」


2002-12-07 水のなかの煙

_ 「大きくなったらなにになるのかな?」と聞かれると、「かみさまになる!」と答えていた。素直な答えではない。言いたいことをどう言えばいいのかわからなくて、いろいろと工夫してみた結果の苦し紛れである。この答えは、大人は軽く聞き逃してくれなくて、めんどうなことになるからすぐにやめたけど(無責任だ)。

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ヒロシくんの家は、産婦人科を一軒はさんだ隣だった。幼稚園はちがったけど、一年生になったらおなじ組になれた。

「ヒロシくんあそぼう!」

「今日は父ちゃんと出かけるからだめ」

じゃあいいや。帰ろ。

産婦人科の前を引き返しながら、よく晴れた空を見上げる。あたりで一番高い銭湯の煙突から、輪郭のない旗のように白い煙がたなびいている(あのあたりは速い風が吹いているんだな)。

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二階の窓から屋根の上に座布団を二枚持ち出して、寝転がって煙を眺めるのが好きだった。銭湯は奥まった家への通路がわりの空き地をはさんですぐ向こう隣なので、座布団の上で仰向けば、視界に入るのは煙突の先端と煙と空だけだ。あと雲。それと鳥。

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産婦人科のファサードを左端から右端まで歩く、ほんの短い時間。観測と記憶と想起。

どれも変哲のない細部だけど、この組み合わせで起こることは二度とない。ぼくの知る一瞬はどれも、二度とない心の配列でできている。

ぼくにわかることは全部、ぼくの心を通る。わかることのすべては、ぼくの心の材料でできている。だったら、心の配列をいろいろに変えてゆけば、まだわからないことがわかったときの形になるかもしれない。経験していないことを、すでに経験してしまっている形になるかもしれない。記憶にないことを思い出せるかもしれない。

もしかすると、「かみさまになる」とあてずっぽうに言ってみた、そのかみさま的状態にだってなれるかもしれない。じぶんのみる夢なのに、夢がときどきぼくの不意を突いてびっくりさせるみたいに、ある日突然ぴったりくるかもしれないんだ。

心は、水のようにやわらかいんだから(煙のようにつかみどころがないけど)。

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産婦人科の前を通り過ぎて、ぼくの家のコンクリートの塀を左手でざらざらざらと触りながら歩く。

今みたいななんでもない時間も、記憶のなかに残れば、また別の配列の材料として、何度も何度も使い回されるだろう。なんでもない時間だけど、こんなことを考えてしまったから、これは残るかもしれないな。

「ただいま」「あら、ヒロシくんいなかったの?」「でかけるって」

だん、どん、だん、と一段とばしで階段を上る。母の声が追いかけてくる。

「屋根に座布団出しちゃだめよ。ほこりだらけになるから」

ぼくは返事をしない。やるつもりだから。

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2002-12-09 まだ回想されない冒険

_ (12月5日の二階堂奥歯さんの日記に対する反応として)

_ たとえばあなたはピエロちゃんと出会い、ともだちとなる。あるとき、よんどころない事情によりピエロちゃんはあなたの手を離れ、見知らぬ女の子にもらわれてゆく。その子はピエロちゃんを愛し、大切にする。

ピエロちゃんとの別離は悲しいにせよ、それでも彼が新しい家で愛されていてよかったと、あなたは思うだろうか?きっと思わないだろう。ピエロちゃんはちがう呼び名で呼ばれ、ちがう心とちがう好き嫌いとちがう習慣をもっている。それを同じ人と呼ぶことはできないだろう。

ぬいぐるみの物理的実体を、製作物=プロダクツと呼ぼう。あなたの許から見知らぬ女の子にピエロちゃんプロダクツ所有権が移動したとき、実質的に移動したものはなんだろう?それはピエロちゃん自身の移動ではなかった。それがピエロちゃん自身の移動なら、心や習慣もいっしょに移動しなければならない。

_ ぬいぐるみの生態はおよそ明確になっていない。プロダクツを観察しても、本質的なことはなにも詳らかにならないから。

ぼくもあなたも本が大好きで、物語を愛してしまう人だ。

物語をめぐって、ぬいぐるみと本のことを、すこし考えてみたい。

ぬいぐるみを愛する心と本を愛する心は、とても親しいが、決定的なちがいがある。それは、本は買い換えることができるが、ぬいぐるみはけっして買い換えることができないということだ。

大好きな本が貸したまま帰ってこないとき。大好きな本をなくしてしまったとき。大好きな本が傷んでばらばらになってしまったとき。ぼくたちは悲しむ。とても悲しみはするけれど、物語が失われてしまったとは思わない。本が破壊されても物語が破壊されたとは思わない。物語のほんとうの住処は、紙束のなかではないことを、ぼくたちは知っているからだ。

いつか思わぬ場所で、たとえば何気なく立ち寄った通りすがりの図書館で、あの懐かしい本を見つけたなら、ぼくたちは「あの本がこんなところにあるなんて!」と思う。あの大切な本そのものに再会したと思う。

でも、いつか思わぬ場所で、ピエロちゃんとおなじプロダクツに出会っても、あなたは「ピエロちゃん!こんなところにいたの!?」とは思わない。

本とぬいぐるみのちがいは、一般名と固有名になぞらえることができる。

ひとつの物語にとってプロダクツとしての本は、その物語に付けられた一般名である。

ひとつの物語にとってプロダクツとしてのぬいぐるみは、その物語に付けられた固有名である。

平積みされたおなじ本のなかから一冊を選ぶことと、陳列されたおなじぬいぐるみのなかから一体を選ぶことは、おなじことではない。

ぬいぐるみを選ぶことは、すでにどこかにいる物語に、たったひとつの真の名を与えることだ。

このとき、たとえばピエロちゃんという言葉は、「真の名」に付けられた「名」、ということになる。

_ ピエロちゃんプロダクツがあなたの前からいなくなったとき、できなくなってしまうことはなにか?

それは「呼ぶ」ことである。

たったひとつの真の名が失われてしまったからである。

しかし、あなたが捜し出そうとして、その困難さに打ちひしがれそうになっている「それ」は、ピエロちゃん自身ではない。世界中に散逸したプロダクツの切れ端それぞれが、彼自身の断片でありはしない。それは、彼を喚び出すすべの断片にすぎない。

そして、呼ばれるすべを失ったピエロちゃん自身は、いま、どこにいるのか?

_ 「あなたが忘れてしまうこと、それはピエロちゃんを殺すことだ」

ずっと以前ぼくはあなたにそう言った。その含意をまた繰り返さねばならない。

あなたは忘れていない。それがピエロちゃんそのものである。ピエロちゃんの心(あるいは名前以外の部分)が、そこ以外のどこにあるだろう?ピエロちゃんは死んでいない。

ただもはや、けっして呼ぶことができない。二度とあの名前をもってしては喚び出すことはできないのだ。

それはたとえ「いる」としても、彼岸に「いる」とおなじことだ。

そのようにしてしまったのはあなただから、慰みにもならない。

_ けれども、この絶望には希望があると思う。

あなたが、そんなことを希むか否かは別として、もしかすると彼に、あたらしい真の名を付けてあげることができるかもしれない。でも、これじたいかなり危険な冒険だと思うし、そういう魔法の使い方までは、ぼくの手に余る。それに、彼を損傷してしまうかもしれない。

ただ、もうひとつだけ、「もしかすると」と考えることを許してほしい。

ぼくはピエロちゃんのことを少しだけ知っている。そして彼はいままでどうしていたのかな?と考える。彼はあなたのそばにいる。そばにいるのにどうしても会えない。だから、なんとかして会おうとするだろうと思う。

もしもぼくがピエロちゃんだったら、たとえどんな手段を使っても会おうとするはずだ。

いちばん会いたい人に。

いちばん会いたい人だから。

_ ぬいぐるみにとって(真の)名前とはどういうものか?

たとえば、あなたがぬいぐるみなら、二階堂奥歯という名前(存在性)を得たとき、それ以前に使っていた名前は永遠に失われてしまう、ということだ。それはとても悲しいことだね。

彼はそれでも、あたらしい(真の)名前を探し求めるだろう。

たとえそれを得ることができたとしても、そのとき彼はもうピエロちゃんには見えないし、気付いてさえもらえないだろう。それはわかってる。それでも彼はあなたに会いにゆくだろう。

_ ピエロちゃんの冒険が、まだ続いているのか、それともひとまず終わっているのかは、ぼくにはわからないけれど、彼はいつかどこかで、あなたに、こう言える日を待っている。

「やっと、気付いてくれたんだー。でも、無理ないね。すっかり見違えちゃったでしょ?」

_ (ことによるとあなたは、すでに彼を捜す必要さえないのかもしれない。)


2002-12-14 烽火

_ 神に愛でられし者は、悪魔の目にも留まる。

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2002-12-20 シュレーディンンガーの本

_ ぼくが一年で十冊しか本を買ってないのを憐れんで、二階堂奥歯さんが本を買ってくれた。プレゼントだから選択は言いなりである。少しく不安が。彼女とぼくは趣味がぜんぜん合わないからだ。おたがい十冊読めば、八冊は相手にとって屑だ。二人とも膨大に読むので、共通集合が大きいから、本の話題に困ることはないが。

奥歯さんのほうが、圧倒的に趣味がいい。蔵書からランダムに百冊選んでネットオークションに出したら、彼女のほうに三倍の値が付くだろう。

_ 今回ももちろんうれしかったが、永井均さんから『<私>の存在の比類なさ』をもらったときはうれしかった。一面識もなく、手紙も読者カードも出したことがなかったのにくれたのだ。いきなり著者贈呈で送られて来た。びっくりした。(そういえば)奥歯さんが一度会う機会があったとき、ぼくのことを話した、と言ってたなあ。奥歯様様である。本そのものより、もらったことがうれしい。「がんばりなさい」みたいで。「がんばるぞー」みたいな。

買った翌日に届いたので二冊になった。何度も読み返すうちにどっちがどっちかわからなくなった。すごく特別な本である確率が50%ふつうに特別な本の確率が50%の本が二冊になった。不確定性原理である。どっちかを処分したり、人にあげたりできない。


2002-12-24 発音記号

_ 水道事業において、「樹の根っこ対策費」が意外に馬鹿になんないのだ、という話を聞いた。

微少な漏れを検知するのか、管のなかの水まで察知してしまうのか、樹木の欲望は闇の中の水道管を探し当てて絡みつき、ぎしぎしとなぶりまわして歪めてしまうのだ。

_ 心のなかの樹々も、じぶんの欲望にしたがってじぶんなりの水を探し、ちゅううちゅうと吸っている。

最近とんと見かけない樹もあるが、どこか他人からやって来た渡来種が、ほかにいたときよりはんなりと馴染んでいたりする。

そしてどこから来たのでもない、初めからいたのでもない、ここで生まれたのでもない異界の樹があって、水では駄目なので、じぶんの欲望の対象を創造している。

それは幼い眼で見たときの樹のように、はっきりと見え、くっきりと想い描くことができるのに、けっして絵に描くことができない、そんな姿をしていて、「なぜあなたはわたしを愛さないのか」と訴える瞳のような記号になっている。

啜るものをうまく創造できれば、それが涸れるまでは生きていられるので、かれの生は安寧と渇望の二色の荒野だ。二秒生きて、五分死にかけ、またふた月生きる。かれの創造は、ぼくの想起なので、しゃらしゃらと鳴る気味の悪い根っこが、記憶のある決まった領域に絡み付いている。

絡み付いてぎしぎしいわせている。

もっと異界の樹のように見ろと、懇願している。


2002-12-25 唾を飲むたびに思い出す

_ 鳥に手から直接えさを上げることを仕込んでいるとき、絶対唾を飲み込んではいけない。なぜなら、鳥は自分に対して食欲を抱いている思い込んで、飛び去ってしまうからだ。なんて本に書いてあったけどホントかな。そんなこと意識せずにえさあげてたけど。

_ ぼくの知人のなかで(時と場合によっては)いちばん美しい女性が、ぼくのそばで同じ一節を読んで言った。

「男ってやたら唾を飲む動物だなあって思ってたけど、あれは食べたいってことなの?」

どき。おまえ耳いいよそれ。それとも喉を見るのかな?

思わず、この女の前で何度不用意に唾を飲み込んでしまったか、考えてしまう。

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