_ 明日はどこからくるのかというと、視界外からくる。
今ここに生きて、「今」から目を逸らさずにいるあいだ、明日はこない。日付が変わるだけで。
上の空で、「今」から目を逸らしているうちに、明日は音もなく接近してくる。
気付かれず、いつのまにか着くことができた明日だけが着陸する。
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急ぎ過ぎて、いきおい余ってちょっと通り過ぎてしまった明日の背中が一瞬だけ、過去の方向に見えることがある。
そのとき、まだ着陸していない明日の、記憶だけがある。
_ 雪雪は福島県郡山市の書店に勤め始めました。
22日が増床移転新規開店日なので、開店準備におおわらわです。
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今日は仙台に帰ってきて、これを書いています。いまどき携帯を持っていないぼくは更新も思うにまかせません。郡山のネカフェから書き込もうとしたら編集モードに入れませんでした。
コメントやメールや電話をくださった方々、返信が滞りがちですがお許しください。
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郡山のまだほとんどがらんどうの部屋で音のない夜を過ごしていると、「腹減ったなあ…」とか「さて風呂に入るか!」とか「あいつ元気かなぁ」とか「眠くないよ」とか、いちいち説明的なひとりごとを呟いている自分に気付き、苦笑してしまいます。ドラマの中で独り暮らしをしている俳優みたいです。
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本格的な引越しのことを考えると、ちょっと茫然とします。本って、荷造りしたときにこそ、その量に驚く。十五年前に引っ越したときすでにダンボール百箱を優に超えていました。加えてCD、ゲーム・映像ソフトもたくさんあるのです。
思い切って売却しようと思って本とCDの整理に取り掛かってみましたが、どれも名残惜しく、本は千冊、CDは三百枚程度しかピックアップできません。焼け石に水です。
人生の残り時間を考えると、もっと心を鬼にする作業に取り掛からねばならないなあ。
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_ 郡山はぐっと内陸で、街を通過する水はまだほとんど人里を流れていないので、水道水がおいしい。
海が遠くて工場地帯がないので、空気が澄んでいます。
空がきれい。周囲が山がちなので、低くてくっきりと見える雲の表情は多彩です。
青い空に雲が湧く星に生まれて、いつでもこの壮大な芸術の新作が制作されてゆく模様を眺めていられることを、とても幸運に思う。
空と雲がきれいな街に引っ越す羽目になって、幸福です。
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いくら雲が好きでも、見ようと思えばいつでも見られる贅沢な境遇にあるものだから、時間に忙殺される毎日、いちいち立ち止まったりはしません。それでも、ビルのあいだにちらりと見えた斬新な雲の表情を通り過ごすときには、一瞬の踏ん切りが必要です。
郡山では、踏ん切ってしばらく歩き、思い直して取って返す。そういう機会が多くて、雲を眺めているあいだは時間が止まってしまうのですが、時計は止まってくれない。
止めることのできる時間と、止めることのできない時間が出会う前線では、心の中にも雲が湧きます。
_ 仙台に帰ってきました。ほんの十日ぶりなのにすごいひさびさの感じがします。帰れば帰ったですることがいっぱい。
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すてきなコメントをたくさんありがとうございます。
しばらくは更新もまばらで、コメントに対するレスポンスも遅れ気味になると思いますが、見捨てないでくださいね。
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それでは本の話を思いつくままにだーっと。
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島田荘司『ネジ式ザゼツキー』が文庫になった。
ノベルスの刊行時、もっと本好きに仕立てあげたいなあと思った職場の後輩に狙い澄まして薦め、「いままで読んだ中でいちばんおもしろかったです!」という答えをもらった思い出のある作品。島田荘司を読んでみようかなー、と思っている人には最良の入門書のひとつだと思う。はじめて読む人は、「いったいどうすれば解けるっつーのこの謎!」と、思うのではないか。解くのだ。島田は。
相変わらずの強引さ。良く言えば力業。魅力的な謎の構築と提示はまさに至芸。謎の魅惑を刈り込むくらいなら作品の完成度のほうを刈り込む、という作風をぼくは支持したいので、少々の粗はよろこんで愛で補います。
島田荘司は物語の流れに添って薀蓄を語るのがじつにうまい。ミステリィに盛り込まれる専門的知識は、ストーリィやトリックに奉仕するために微妙に拡大解釈されていたりして鵜呑みにすることはできないが、未知の分野への導きにはなり得る。彼の作品を読んで、大脳生理学や認知科学に興味を持ったり、チック・コリアの『浪漫の騎士』を聴きたくて生まれてはじめてジャズに手を出した、というような人は少なくないと思う。『ネジ式』にも、ほほう、と言いたくなる新鮮な知識が多彩にちりばめられていて、少し賢くなることができます。
ふつうのミステリィファンには今更の話でしょうが、若い層にぜんぜん読まれていないんですよ島田御大。
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森下典子『前世への冒険』(光文社知恵の森文庫)は、以前集英社文庫から『デジデリオ』というタイトルで出ていた傑作ノンフィクションの加筆再文庫化。
取材のため「人の前世がわかる」という主婦に会った著者は、「あなたはイタリア・ルネサンス期に活躍し夭折した美貌の彫刻家デジデリオの生まれ変わりです」と伝えられる。仕込みじゃないか、と疑いながらも著者は持ち前のルポライター魂で調査を始める。デジデリオは専門家でなければ名も知らぬようなマイナーな存在だったが、ルポライターの経験とテクニックによってようやく到達した情報が、イタリア語も知らない主婦がぺらぺら喋った情報と、偶然とは思えないほど符合してゆく。埋もれた芸術家の人生も、次第に像を結んできて、それは歴史に残る大芸術家の伝記とはまた異なる興趣をそそった。知的好奇心に火がついた著者は、進行中の仕事を中断してイタリアに旅立つ。するとどうだろう、学界の定説と食い違う不審な部分さえ、むしろ主婦の発言のほうに根拠があることが分かってきて…。
謎に引き摺られていく森下典子に引き摺られて、読者も一冊の旅を体験する、胸躍る謎と探究の物語。フィレンツェの街も臨場感たっぷりに魅力的に描かれていて、この本をきっかけにフィレンツェに行っちゃった人多発。著者とおなじ場所に立って、著者の見たものをこの目で見たくて、うずうずするものなあ。
『ネジ式』を薦めた後輩は初心者でしたが、こちらはすでに読書家である女性の御客様にお薦めして、「こんなにおもしろい本はいままで読んだことがない」とまで言っていただきました。しかしそれ以降延々と、「ねえ、『デジデリオ』みたいなのはもうないの? ねえねえ雪雪さん」と言われ続けた。すみません、『デジデリオ』みたいのはもうありません。
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シュペルヴィエル『海に住む少女』(光文社古典文庫)は、好企画! と思ったのだが現物を手に取って正直落胆した。この訳文の「ですます調」ってどうなのか。
『沖の少女』という訳題だった教養文庫版で表題作を読んだときは、ふと耳が遠くなるような、広がりのある切なさをたたえた読後感で、読み終えてすぐには次の作品に移れなかった。紛れもない傑作だと思ったが、あの印象がちっとも甦ってきません。
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たとえば注目している作家が直木賞候補になっては落選していて、ついに受賞! となったあかつきに、喜びつつも「あの作品で落としておいて、この作品にやるのかよ!」という不満を感じることはままある。
受賞作は入門編として手に取られる機会が多いので、熱烈なファンは「これで判断しないで!」と言いたくなるわけだが、その声は店頭で受賞作を手に取る読者の耳には届かない。
大々々好きなジャック・ヴァンスの、ヒューゴー賞受賞作『竜を駆る種族』が復刊されたが、これはヴァンスファンが熱く語り合うこときも取り立てて言及されることのない水準作。他に傑作がいくらでもあるだろうになあ…。いや、おもしろいですよ、もちろんこれもそれなりに。
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入手困難ですが、図書館ででもぜひチェックしていただきたいYA系SFを一冊。
ロイス・ローリー『ザ・ギバー〜記憶を伝える者』(講談社)。
眼から鱗を落とし続けていると、やがてたくさんの着想が既知のものになってしまい、そう簡単には鱗が落ちなくなってきます。『ザ・ギバー』は昨年読んで、ひさびさに痛快なくらい新鮮な衝撃を受けました。眼から鱗というより、脳から皮質が落ちた。あまり内容に踏み込みたくないのですが、「言い表せない変化」のくだりで落ちた。
「その瞬間吼えた」という感想を漏らしていた人がいましたが、それはもう見開いたままの眼がもう一度開くような体験で。
ロイス・ローリーは非常に例外的なことですが児童文学の世界ではノーベル賞クラスの栄誉であるニューベリィ賞を二回受賞しています。その二度目がこの『ザ・ギバー』。「これにやるしかないなー」という感じだったのかもしれないなー。
本作は映画化の情報があり、日本で公開されるなら復刊の目もあると思いますが、読んだ人はわかると思うけど不安です。だって…ねえ…映像化って無理。台無しになりそうな予感。
Before...
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