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雪雪/醒めてみれば空耳

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2014-04-21 隙間風の口調

_ 『ゴーメンガースト三部作』が復刊されるという。第四部『タイタス・アウェイクス』が出るからだという。夢にみて、夢から醒めて、「夢か。夢だと思ったんだよなあ、夢の中でも」とひとりごちるようなニュースである。

マーヴィン・ピークの遺した断片を膨らませて夫人のメーヴ・ギルモアが補筆したもの。2010年、孫娘が屋根裏から発見した。

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これが既存三部作をいっそう輝かせるような傑作である気遣いはないが、井辻朱美訳ということなので、良くはないとしても悪くはないだろう。いずれにしても、第四部が出ることよりも、『タイタス・グローン』『ゴーメンガースト』『タイタス・アローン』の復刊がめでたい。

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金原瑞人がどこかで、『ゴーメンガースト三部作』について、「いつか訳すと宿願を抱いていたが浅羽莢子さんに先にやられてしまった」みたいなことを語っていたが、率直に申し上げて金原訳でなくてよかった。だって金原氏がやると、作品の狂気や殺気が薄れてしまうんだもの(金原氏のセレクトがなかったら存在していなかったすてきな訳書がいっぱいあって、その存在にはほんとうに感謝しているのだが)。

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金原訳といえば『完全版最後のユニコーン』が出た後、ハヤカワFT文庫の一桁番号のうち『サイベル』とともに長年命脈 を保ってきた鏡明訳『最後のユニコーン』が品切重版未定になってしまった。ほんとうに残念である。

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十代の終わり頃に、鏡版『ユニコーン』を読んだときには、言葉にほどかれて風になってしまいそうだった。それまで一度も、言葉が触れてくることのなかった場所に届いてくる。触れられて初めて、そこが「感じる」ということを教えられる。光が差して初めて、闇だったと気づく。そこにあったのに見えなかったなにかの、輪郭が見えてきて、輪郭が見えたゆえに、身体がするように、動かすことができるようになる。なんなんだこれは。こんな力を、本のかたちにすることができるのか。

「生涯最高の本に、もう出会ってしまった」と感じた。

今にして思えばその判断は若気の至りだったが、それでもワンアンドオンリーの名作であることに揺るぎはなく、その不在は他のいかなる名作によっても埋めることができない。『最後のユニコーン』に亜流は存在せず、ピーター・S・ビーグルに後続の作家はいない。

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あのとき僕の頭の鉢は割れて、それ以来かすかな隙間風が、ほんとうに心が静まったときにしか聴こえないささやきで、『最後のユニコーン』を朗読し続けている。

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『完全版最後のユニコーン』に、そういう凄みはない。たんなる傑作ファンタジーだ。

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本日のコメント(全4件) [コメントを入れる]

_ 寝仔 [本をぽちんと置いて行きます。 「ずどやりたかったことを、やりなさい」ジュリア・キャメロン(サンマーク出版) 「L..]

_ 雪雪 [船戸明里の硬質な線が僕は大好きで、その硬さは20年前は卓越していました。さほどメジャーな存在ではないけど、後続に多大..]

_ 寝仔 [「少年エース」掲載のダインとレミリアの出てくるお話が船戸さんの漫画との出会いで、「星の砂漠」の連載は紫堂恭子と飯田晴..]

_ 寝仔 [追記:今、「星の砂漠」のAska版も幻冬舍版も手元にないのですが、ジュオウに連れ去られたマナが枕か何かを投げて、置物..]


2014-04-29 いくつもの横道に同時に逸れたいな

_ 前々回紹介いたしました『三日間の幸福』は、思い切って多面展示するだけでぐんぐん売れてくれています。

今をときめくメジャーな商材として『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話』がありますが、大々的にパブがかかって、表紙モデルのスタンドPOPやポスター、パネルなどなど拡材も充実している『ビリギャル』と『三日間』、当店では累計販売部数で競っています。『ビリギャル』がTVで紹介されたりすると、ぐんと引き離されるのですが、安定したペースの『三日間』がじき追いつく、みたいな感じです。

全国的にはまだまだこれから。うちと、系列店でもう一店仕掛け始めた福島南店の売上を合わせると、全国の二十分の一くらい売ってることになるもんなあ。

がんばれ『三日間』!

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_ 孤高の道をひた走る残雪の長編『最後の恋人』は、まだ読み始めたところなのだが、今までとちがう。なんだこれ。凄いかもしんない。

今回ながいめの序文が付いているんだけど、この序文が壮大にかっこよくて遠い目になります。並の作家なら、思っていても怖くて書けない文章。「そんなこと言いつつ書いてる実作があれかいな」って、言われかねないもの。

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_ 大大大好きな『遠き神々の炎』(ヴァーナー・ヴィンジ)が復刊された。続編『星の涯の空』が出たからだ。

『遠き神々の炎』はおもしろくておもしろくて、「今僕のなかで『おもしろい』という言葉の新しい定義が生まれつつある!」と思うくらいおもしろかった。

この作品が翻訳された頃、同時期にダン・シモンズの『ハイペリオン』があって、斯界を席巻していた。記念碑的な名作という評価は、当時の熱気が去った今も揺るぎない。僕もたいへん胸を躍らせながら読んだし、特に「学者の物語」の章では、涙が後から後から溢れ出て、文字が滲んで読み進めることができないくらい泣かされた。

なんだけど、その『ハイペリオン』に伍する名作だなんて思わないまでも、僕としては『遠き神々の炎』のほうが好きなんである。

僕にとっての『遠き神々の炎』を端的に表現すると、「読んでいるあいだに、もっともいろんな話を思いついた本」だ。

ヴィンジは作中で哲学的に深遠な思索を弄したりはしないのだが、読む方の思索のきっかけは豊穣に与えてくれる人で、読んでいると思索が横道に逸れて逸れて逸れまくって、ああ早く続きを読みたいのにちっとも読み進まん!のであった。

斬新で空想をそそる背景設定を備えた銀河規模のデイヴィッド・ブリン風スペースオペラと、奇妙な種族が棲む惑星でのジャック・ヴァンス風冒険SFが並行して進行するのだが、読む方もおっきい考えとちっちゃい考えのあいだを縦横無尽に駆け巡って、心地よくめくるめきます。

とくに「惑星」のほうに出てくる「鉄爪族」という異種族は、とっても異質なのにすごく感情移入できる絶妙な創造物で、人間以外の知性体にも生まれてみたいなあ、と思うような人は、是非出会っていただきたい輩です(読んだ人にしか伝わらない言い方ですが、いまだに僕は、「知人で六個体組を組むとしたら、誰と誰を入れよっかな」などと考えたりします)。

ちなみに上巻の末尾に、訳者の手になる世界設定の概要がコンパクトにまとめられているのであるが、ここを早めに読んでおいた方が、とっつきがよいですよ。

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『星の涯ての空』は、まだ読んでいないのでおすすめかどうか分かりません。ヴィンジって、読者の期待にストレートに応えない傾向があるからなあ。『遠き神々の炎』の次に出た、『遠き』の前日譚『最果ての銀河船団』も、『遠き』の姉妹編としては思いっ切り肩すかしだったし。あれはあれですごくおもしろかったけど。

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