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雪雪/醒めてみれば空耳

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2016-12-07 世界の二枚目のポートレイト

_ たとえばファーストアルバムのポートレイトがとても魅力的で、CDをジャケ買いした後、雑誌記事かなんかで二枚目のポートレイトに出会い、「あれ?こんな顔だったっけ」みたいなとまどいを感じたことってありますよね。この時点では実像がどっち寄りかは不分明なわけですけれども、するうち三枚目四枚目が目に留まって、頭の中でデッサンされて、二次元が空間化し印象がシフトし固定されてくる。

正確を期すなら参照できる枚数が多いに越したことはないけど、一枚のポートレイトがすごいポジティヴに印象的だったとき、二枚目のポートレイトはしばしば暗雲のように被さったり、きな臭く漂ったりする。一枚目のポートレイトへの思い入れが強いほど、二枚目は深く刺さってくる。見なかったことにしたくなることもある。

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なにかおぼろな問題があって、思考し探索するうち、新しい切り口が見つかるたびに問題は立体的になり、問題を回してまだ見たことのない角度を見ることもできるようになる。そのうえでなお見えていないのはどこか、あるいはどのくらいか、特にどの部分か、推測することもできる。

しかしとりあえず、問題が枢要であればあるほど一枚しかないポートレイトがせめて二枚になれば、状況はぜんぜん違ってくる。

永井均が、〈私〉という比類なきものの周囲をさんざっぱら経巡ったのち、〈私〉と〈今〉が、おなじものの別のポートレイトであるという認識に至ったとき、一気に言い得ることが増えたように。

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トマス・ネーゲルに『コウモリであるとはどのようなことか』という本があって、このタイトルは哲学や認知科学の文脈でしばしば言及されるのだが、コウモリの主観的経験は、神経や脳をどこまで解析しても辿り着くことはできず、意識の内面の様相は物理科学的な描法に還元できないという主張の、トレードマークみたいに使われている。

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とにかく考えるのが好きな人は、未知の知覚や異質な知性を所持したなにものかの、ナマの主観を経験できたとしたら、おもしろいことがいろいろ言えるんだろうになあと、夢想したことがきっとあるだろうけれども、この種の別の主観を経験する話は、もっぱら無理筋扱いでしか語られない。でも、そんなに悲観するところではないと思う。

なにせ私たちには異質な認知構造と異質な知性の動作を備え、しかし理解不能なほど隔絶してはいない絶妙に好都合な「夢」という世界があるのだから。それもしっかり主観で。

夢の中では、時間も空間も知性も言語も記憶も、現実とは異なったふるまいをする。

たとえば時間経験において「現実にも夢にもある作用」「現実にあって夢にない作用」「夢にあって現実にない作用」「あってもよかろうに夢にも現実にもない作用」を考えるだけで、時間のとり得る振り幅について、いろいろなことを思いつく。

こんな好都合な位置に配置された異主観、こんな絶妙に展開された異世界、ありえない。

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思いつきもしなかったのに一度思いつくと、なんで今まで思いつかなかったのか、じぶんのばかめ、と思わされることがしばしばある。

太陽系の主要な諸天体は、系外に去ることも、近隣のより大きい天体や太陽に落ち込むこともなく、奇跡的に絶妙な軌道を取っている。確率的にはあり得ないくらい。神の御業が働いているかのように。

しかしこれは驚くことではないな。というのも、ぜんぜん絶妙でないものや、ぎり絶妙に足りないものまで、去るものはすっかり去り、落ちるものはすっかり落ちた後に残ったものであるから、絶妙なのはあたりまえだ、と思いついたのはそう遠い昔のことではなく、それはそれはしみじみした。

夢も、絶妙過ぎるんで、なにか大量のものが取り去られた後に残ったものかもしれないなあ。

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認識が変わると世界の視えが変わる。夢に対する認識が変わると、夢見が変わる。夢が、世界の二枚目のポートレイトとして使えると思うようになってから、以前は夢の中では起こらなかったことが起こり、思えなかったことが思え、見えなかったことが見え、できなかったことができる。それが次第に増え、印象が鮮明になってきた。超おもしろい。もっと早く始めればよかったなあ、これ。

夢の場合は難題の主観面はオッケーなので、科学的知見が活きる。アラン・ホブソン『夢に迷う脳』は、夢見のあいだ、脳のどこがどのように働いていて、どこがどのように働いていないのか、多岐に渡り精細に報告されていて好適である。

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