_ 煉瓦色の駅舎を出ると、歩行者専用のデッキが血管のように街の体内に張り巡らされていて、歩いていくと知らない女の子に呼び止められる。
「神様を信じますか?」
とってもきれいな声だ。
「信じてないけど、神様はいると思いますよ」
ぼくは否定的な返答をしたと思うのだけど、「わあ、うれしいな」彼女は満面の笑みを浮かべる。
そうか、あなたは嬉しいのか。
ぼくはまだよくわからないです。
知り合って間もないから。神様とは。
_ はい、その分担でけっこうです。
あなたは恋を、あなたは愛をさがしに行ってください。
そのあいだ私は、恋以上のものと愛以上のものをさがしておきます。あなたがたが戻ってきたときのために。
だから手ぶらでも、気にしないで帰ってきてください。
は?誰も欲しがってないものをもらっても嬉しくない?
そうですか。
まあ、そのときは代理店入れてタイアップ付けてパブ打ちますから。
大丈夫。
さあ、勇気を出して。
_ お母さんに連れられてきた、まだみっつかよっつの女の子だった。その頃ぼくは、本屋のレジの中にいて、お母さんがなにか本を買ったのだ。ぼくと合った眼を、女の子はぱちくりした。そのままぼくを見ていた。手を引いてお母さんが店を出て行こうとしても、女の子は逆らわなかったけれど、ずっとこちらを見ているせいで足元がおぼつかなくて、「ほら!ぐずぐずしないの!」と、お母さんにおこられていた。お母さんは、女の子がなにを見ているのか、ぜんぜん関心がないらしかった(ぼくも、お母さんが見ているものに関心がなかったが)。
自動ドアが閉じたかと思うとまた開いて、女の子が駆け込んできた。「どうしたの!もう!」追いかけてきたお母さんが抱き上げて、出て行くまでのあいだ、女の子はお母さんの肩越しにぼくを見ていた。
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人と目を合わせることは難しい。すぐに様々な意味が付着してきて、視線に洗濯物が掛けられたように重くなる。
こどもと目が合うことは、特別なことだ。細く、まっすぐに合う。誤解をおそれる必要がないし、なにも守らなくてよいから。
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少しお客さんが途切れて、いっしょにレジにいた同僚が、さっきの女の子をネタにして「もてるじゃん雪雪さん」とかなんとか軽口を叩いたがぼくはうまく受けられずにうーんと口ごもったりしていると、レジに向かって歩いてきた男性客が「おや、かわいいねー。どうしたの?」と言った。カウンターから身を乗り出して見ると、レジの前にあの女の子が座っていて、こっちを見上げたのでまた目が合った。また会えてよかった。
さっきのこともあって、本屋かもと見当がついたのだろう、お母さんが走り込んできた。「ひとりでふらふら歩かないの!迷子になるでしょう!」抱き上げられて出て行くまでのあいだ、女の子はまた、黙ったままぼくを見ていた。
この頃ぼくには生活の余裕がなく、「お嬢さんをぼくにください」と言ってあげることはできなかったが、「バイバイ」とは言わないでおいた。女の子もなにも言わなかったし、手も振らなかった。
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