«前の日記(2005-08-23) 最新 次の日記(2005-09-01)» 編集

雪雪/醒めてみれば空耳

2002|10|11|12|
2003|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2004|01|02|03|04|05|06|10|11|
2005|02|04|06|07|08|09|10|11|12|
2006|01|02|03|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2007|01|02|04|05|06|07|08|09|10|11|12|
2008|01|02|03|04|05|06|07|08|09|11|
2013|05|06|07|09|10|11|12|
2014|01|03|04|06|08|09|10|
2015|01|02|03|05|06|07|08|09|10|11|
2016|01|03|04|06|07|08|09|11|12|

2005-08-31 目が合うこと

_ お母さんに連れられてきた、まだみっつかよっつの女の子だった。その頃ぼくは、本屋のレジの中にいて、お母さんがなにか本を買ったのだ。ぼくと合った眼を、女の子はぱちくりした。そのままぼくを見ていた。手を引いてお母さんが店を出て行こうとしても、女の子は逆らわなかったけれど、ずっとこちらを見ているせいで足元がおぼつかなくて、「ほら!ぐずぐずしないの!」と、お母さんにおこられていた。お母さんは、女の子がなにを見ているのか、ぜんぜん関心がないらしかった(ぼくも、お母さんが見ているものに関心がなかったが)。

自動ドアが閉じたかと思うとまた開いて、女の子が駆け込んできた。「どうしたの!もう!」追いかけてきたお母さんが抱き上げて、出て行くまでのあいだ、女の子はお母さんの肩越しにぼくを見ていた。

.

人と目を合わせることは難しい。すぐに様々な意味が付着してきて、視線に洗濯物が掛けられたように重くなる。

こどもと目が合うことは、特別なことだ。細く、まっすぐに合う。誤解をおそれる必要がないし、なにも守らなくてよいから。

.

少しお客さんが途切れて、いっしょにレジにいた同僚が、さっきの女の子をネタにして「もてるじゃん雪雪さん」とかなんとか軽口を叩いたがぼくはうまく受けられずにうーんと口ごもったりしていると、レジに向かって歩いてきた男性客が「おや、かわいいねー。どうしたの?」と言った。カウンターから身を乗り出して見ると、レジの前にあの女の子が座っていて、こっちを見上げたのでまた目が合った。また会えてよかった。

さっきのこともあって、本屋かもと見当がついたのだろう、お母さんが走り込んできた。「ひとりでふらふら歩かないの!迷子になるでしょう!」抱き上げられて出て行くまでのあいだ、女の子はまた、黙ったままぼくを見ていた。

この頃ぼくには生活の余裕がなく、「お嬢さんをぼくにください」と言ってあげることはできなかったが、「バイバイ」とは言わないでおいた。女の子もなにも言わなかったし、手も振らなかった。

.