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雪雪/醒めてみれば空耳

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2008-02-05 叙景集

_ 829

くちづけの牧場の仕切りは人間関係で造る。柵の配置を考えているときには、人間関係と人間関係の関係を考えることになるから、しぜんと俯瞰視点になってしまう。なりたくなくてもそうなってしまうから、目高で眺めようとすると、飛び立たないために羽ばたき続けなければならない。

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_ 830

次の問題です。出かけようとすると鳴る電話の音は心を乱しますね。では、これから流すよっつの電話の音の中から、出かけようとしたとき鳴った電話の音を選びなさい。

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_ 831

◆おないどしの三粒の砂◆

砂浜が波打際を声帯にして、子どもの頃の話をしてくれるのだが、ひとつの話に聞こえない。陽光にきらめきながら鉱物の思い出の群れが泣き笑いして砕ける。岩塩類はとくに旅慣れていて話好きだ。以前ぼくの血管を流れたことがあるものたちが、今ぼくの血管を流れるものたちに昔話を始める。退屈していた細胞や組織が、耳をそばだてる。ブームを追いかけるようにぼくの耳もそばだつが、塩の話を聞く耳としては大き過ぎてやはりひとつの話に聞こえない。

家に帰り、なにげなく頬を擦ると、机の上に三粒の砂が落ちる。そっくりに見える。齢を訊くと桁は多いがぴったりおなじ数を言う。そんな齢には見えない。


2008-02-10 数瞬の伝統しかない礼儀

_ 自転車であてどもなく走っているとき、ぼくの考えはすすむ。自転車の速度で流れる近景中景遠景の立体的な推移が、すすむ考えのふるまいに似ているのだと思う。ミラーニューロンが、目の前の人の行為を頭の中で模倣するはたらきのように、ぼくの思考は流れる風景を真似る。

曲がるのが好きだ。登るのも。まだ曲がったことのない曲がり角を曲がり、余所余所しいたたずまいの家並みや水のない水路、そこで夢から醒めていったように忽然と行き止まる道に出会うのが好きだ。上り坂を登り切って斬新な角度から、見られていることに気付いていない街を見るのが。思考が曲がるはずのない理路からふいに折れてゆくのが。視界があるとは思っていなかった角度から開ける視界が。

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おなじ街を走り続けていれば、だんだんに曲がったことのない曲がり角は欠乏してゆく。だから、北西・北・東と移り住みながら長年暮らした仙台を離れ、たくさんの、あたらしい、曲がったことのない曲がり角を蓄えた街に引っ越す切っ掛けがあってよかった。少なくとも、考えるためには。

それぞれに大きな、大学と病院とホテルが見える。輪郭は似ているが、ちがうメーカーの積み木で組まれたように異なっている。裏腹に、あいだを隔てる森の樹々には、この街でもやはりおなじひとりのデザイナーの手癖があらわれている。

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曲がり角を秘めた本が好きだ。外へ出かけずにふと曲がりたいときには、クリストフ・バタイユ『時の主人』やエマニュエル・ボーヴ『あるかなしかの町』を読む。そういうとき手に取るのは、これまでは金子千佳の『婚約』だった。先に挙げた二冊が『婚約』に勝るというわけではなくて、『婚約』の中の曲がり角は尽きることはないと思うが、あまりいつも読んでいると見知らぬ曲がり角の見知らなさと頻度は低減してくるから、先の二冊に出会えてほんとうに良かった。

アニー・ディラードは別の意味で特別である。彼女は、曲がり角の向こうから歩いてくるような人だ。直前まで曲がれるとは思っていなかった場所で折れると、歩けることじたいが驚きであるような道を、何食わぬ顔で折り返してくる通行人が彼女だ。いつも視線が合わないけれども、もし合うことがあるなら、『石に話すことを教える』の冒頭で彼女が出くわした野生イタチのように、彼女に出くわしたいと思う。イタチを見ていたあの眼で彼女に見られたいと思う。

視線によっておたがいの頭蓋骨が割れて、中身がこぼれてしまうような出会いにも礼儀はある。イタチと彼女のあいだにあったように。しかしその礼儀は明文化されない。せいぜい三行を記す時間で、一冊を書き留めることはできないから。

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アニー・ディラードを一節読み終える心持ちは、一冊を読み終える手応えに似ている。アニーを一冊読めば、千冊を読むようなものだ。四冊あるアニーの訳書が並ぶ本棚の一角は、四千冊の蔵書が折り畳まれている書庫のようなものだ。

アニー・ディラードを通り過ぎたことのあるぼくの思考は、ほんとうに稀にではあるけれどもひとつの角を曲がるとき同時に、千の角を曲がってみせる。

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2008-02-22 繋がる漁火

_ 抑圧と検閲は無意識の日常業務である。認識が激しい傷みを伴う場合、無意識はそれを抑圧する。その手順が効率化すれば、危険な状態を予め回避するために、徴候の段階で、その方向に向かいがちな思考の理路は検閲され、意識に上る前に遮断される。

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人生にまつわる謎は、それじたいが解き難いわけではない。解こうとする意志を、無意識を説得するほど強く(あるいは狡猾に戦略的に)持つことが困難なのだ。答えは見過ごされ、そして見過ごしている事を見過ごせられる。意識にとっては存在しないも同様の仕儀となる。

無意識は意識の幸福を願っている。けれども無意識は幼くその幸福観は単純過ぎて、仕事振りは対症療法的、言い換えれば場当たり的で粗っぽい。そのくせ律儀である。その人の世界観を比較的安全な材料だけで継ぎ接ぎしてゆく。見えないところで実直に励む。必然、心は偏向し組織は硬直し柔軟性を失ってゆく。この過程はより大きな傷みと危険を招きがちなのだが、そのような帰結を展望する才覚は無意識にはない。

無意識は自発的に成熟しない。無意識は意識の背中を見て育つ。無意識は意識よりも視野が広く鋭敏であるが、頑迷である。意識の導きがない限り、慣れ切った日常業務を愚直に繰り返す。

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感情は、それじたいが加速度と方向性を持っているから、心がバランスを欠いていても効果を発揮する。と言うよりも、凝り固まった心にこそ強くぶつかり、強く響く。

理性は光である。光のように力学的にはほとんど無力であるから、水のように柔らかく境界がなく透明な心のなかでしか正常に機能しない。あるいはまた、そのような心のなかで感情は、どこにもぶつからずまっすぐに、行き着ける所まで走り去る。消失点まで。心はひとしきり波立つが、痕跡は残らない。そのとき理性と感情は、ほとんど同種のものとして振る舞う。理性は留まる感情として。感情は走り去る理性として。

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数知れぬ感情が走り去り走り去るうちに、消失点の配列が闇夜の漁火のように繋がってゆき、やがて心の水平線を構成する。そのときはじめて、空がわかる。心の水平線の向こうがどこなのか。次元の定まらない空間のなかで、振り仰ぐという行為が可能だとすればその方向がどちらなのか、わかる。

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2008-02-24 ここ半世紀の神々

_ 今なら、『大怪獣バトル』と『電王』という強力な誘引コンテンツがあるので、絶対ヒットすると睨んで組んだ「特撮ヒーローフェア」が絶好調だ。

ウルトラマン、仮面ライダー、スーパー戦隊を主軸にゴジラガメラギララガッパ、マグマ大使、スペクトルマン、悪魔くん、赤影、キカイダーなどなどなど、ちょっと越境する感じでサンダーバード、ミクロマンあたりまで。図鑑、絵本、トイカタログ、展覧会図録、ペーパークラフト、カード、シールブックやらなにやら有象無象およそ150点が一堂に会すると、もはや伝統の重みさえ芳しく立ち籠めて、祭祀的というか民俗的というか神話的なインパクトがある。わが幼少のみぎり駄菓子屋の店先に漂っていた、お小遣いで買える幻想の胞子群がひさびさに処を得て、ぽうぽうと燐光を発している。

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フェア前の通路を通りかかった家族連れが親子ともども、「おお? なにこれすげえ!」と歓声を挙げて、木の実を目差す鳥のようにそれぞれの心を掻き乱したアイテムに舞い降りてゆくのを見ると、隣接する文庫エリアで棚メンテしながら、にんまり微笑んでしまうわたくしであった。

たった今も、先に飽きて「はやくいこうよう!」と急かす子どもを「待ちなさい」と言下に退け、『ウルトラ超兵器大図鑑』(竹書房)に見入るすてきなおかあさんが張り付いている。

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2008-02-26 岸田今日子を孕む

_ 岸田今日子の、遺作を含む掌編集『二つの月の記憶』(講談社)が出た。棚から黙って売れてゆくことはないがこれで、同僚や、版元の営業さんや御客様と話が弾んで作家としての岸田今日子に話題が及んでよもや相手の心を揺らすことができたとき、しずしずと現物を薦めることができる。

宇山日出臣のたっての希望で(というか強い欲望により)実現した、メフィスト誌上での連載を纏めたものだが、宇山氏も岸田氏も、本がかたちになる前に逝ってしまった。宇山氏の熱意が無ければ、この七編が世に出ることなく終わったことはほぼ間違いない。「ありがとう」と言わずにはいられない。

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読後感は、「掌編を七編読んだ」というときの平均的な印象からは懸け離れている。

どの一編を取っても岸田今日子らしさが横溢しているが、今回の掌編群は殊に丁寧に折り畳まれていて、どれも容易に長編に書き伸ばすことができそうに思える。一編一編の長編化したすがたを想像してみると「ああ、いかにもあの人が書きそうだ」というふうに内外の作家の名が、それも優れた作家の名たちが思い浮かぶ。反転して言えば、もしこれらの掌編を凡庸な作家が書いたとしたらきっと、「尺が合ってない。短過ぎる」と感じさせるのではないか。

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岸田今日子の特長は、禍々しい品の良さだ。毒を毒々しくなく、歪みを歪めずに書ける。鮮烈に描くほど敷居が高まり読者を選んでしまうテーマ(ここでの「テーマ」は音楽に対して使う意味で使いたい)を、安易に平易に読ませてしまう。

野性から隔てられ、人の心の檻のなかで狂いつつあるけもの。牙も爪も鋭いそれを、力で捻じ伏せるのではなく首筋辺りの急所をきゅっと押さえて、「ほら、だいじょうぶ。おとなしいから」そう言って差し出してくる。

かわいくラッピングして、リボンをかけ、笑顔で、善意によって贈られる呪い。読者は、常ならば反射的に吐き出してしまうような異物をうかうかと、思わぬ深さまで招き入れてしまう。

無神経な比喩かもしれないが、夢うつつに犯され、目醒めてその痕跡に気付き、けっして不快に思ってはいなかった記憶に戦慄する少女の心地。それが岸田今日子の読後感だ。

蒼らんだ月が、すごく似合う。

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_ おさとウサギ [追記 「ターゲット客層どまんなか」っていう企画を実現できる幸福と地団駄?とを想います。過ぎし日、私の「アイドル」はモ..]

_ 雪雪 [おひさしぶりですウサギさん。 いつも元気づけてくださって、ありがとうございます。 ウサギさんからお薦めいただいた本は..]

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2008-02-29 チャンスの前髪を掴む握力

_ 人の内心というものは複雑であって、単一の感情で言い当てることはできない。

尊敬は敬遠を含みがちなものだし、愛情が安心に繋がり油断を生み愛情を示すたびに相手には軽視と受け取られてしまうこともある。余裕をもって示される優しさがどこか侮蔑に似ていたりもする。

人は自分の見たいものに鋭敏であり、察知するほどに検出に長け、ますます鋭敏になる。

基本的に不安な人は、自分を傷つけようとする力を警戒するから、習慣的にかすかな徴候を察知し続け、自分が見たくないものを見る力を磨いてしまう。たとえば侮蔑に鋭敏な人は、いかなる表情からも侮蔑を検知し得る。

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習慣によってカスタマイズされた誰かの世界観に対して、より妥当な、普遍的な世界観を示してみせても、説得力を持たない。傍から見て、歪んでいるように見える世界観も、本人にとっては錯覚ではないからだ。どのような世界観が歪んでいないかは、前提となる認知の傾向によって決まる。

よほど心が広い人を除いて、人がある世界観を選び取るとき、その世界観に相反する世界観に鈍感になる機制を伴う。とても鋭敏な人はなりゆき、別の領域でひどく鈍感なところがあるものだ。

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習慣は世界を変える。

しかし習慣によって身に付いたものは、別の習慣によって変えるほかない。脱しようとする習慣は習慣であるから一朝一夕には抜け出せない。望ましい習慣は習慣であるから一朝一夕には身に付かない。

習慣を変えようとするとき、自分自身に対しても説得は難しい。たとえば修行というものがおおむねそうであるように、理屈もなにもなく、ただ変えるしかない。

抜け出したい習慣の頻度を百度に一度、五十度に一度、ひいては十度に一度、少しづつ減らし、望ましい習慣を百度に一度、五十度に一度、ひいては十度に一度、実行してゆくしかない。そうこうするうちに旧い習慣の筋力が落ち、新しい習慣の筋力が勝れば、修行は画期的に楽になる。

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習慣さえも変えてしまうような一瞬の世界観の変転が、人を訪れることもある。しかしそれは稀な僥倖である。通常は、習慣の変化が世界観を変えるのである。あるいは、習慣の蓄積が、一瞬の変転を呼ぶ。チャンスとは、訪れれば掴めるものではなく、最低限その前髪を掴む握力がなくてはならない。

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_ タカスギシンタロ [ごぶさたしております。超短編マッチ箱のタカスギです。そもそもぼくは習慣そのものを意識するのが苦手なようで、毎朝トイレ..]

_ 雪雪 [☆タカスギさんへ あっ、すみません、こちらこそごぶさたしております。 忘れないでいていただいて、ありがたいことです。..]

_ Kixemipsype [failiaGex Melaopedo]

_ Mahalia [Ya learn something new eveydray. It's true I guess!]

_ Paulina [Going to put this aritcle to good use now.]