_ ヴァン・ヴォクトの味わいというのはやはりヴァン・ヴォクトにしかなくて、SFとしてはすっかり腐っているだけに、免疫のない若い頃に出会ってその臭みをまんまと刷り込まれた人は幸運だと思う。ヴァン・ヴォクトを好きになることによってしか広げられない感性の幅というものがあると思うから。フランスではボリス・ヴィアンが訳しているそうで、本国以上の評価だというのはいくらなんでも訳者の力だと思うんだけど東京創元さん仏版から重訳してくださいよ。ヴァン・ヴォクト欠乏してるので、持ってる本でも喜んで買いますぜ。ほくほくと。
_ ところで最近出たマイクル・スワンウィックの『グリュフォンの卵』に入ってる「時の軍勢」は、「気の毒なスーパーマンだこと!」のセリフからしてヴァン・ヴォクトへのオマージュであることは明白だけれども、なかなかいい味出してますから腹を空かせているヴァン・ヴォクトファンにお薦めしておきます。
_ イタロ・カルヴィーノの『見えない都市』を好きな人はぼくと嗜好が合うと思うのだが、岩波書店のアンソロジー『夢のかけら』に、エステルハージ・ペーテルの『ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし』からの抜粋が収録されていて、これは『見えない都市』の手法・文体で描いたブダペストの物語。種本からの引用も散りばめられ、まさしくあの雰囲気に仕上がっております。『見えない都市』ファンは見逃せない一作。
_ というようなことを書いていると芋蔓式に想起。ぼくはカフカの残した断片を編集した「万里の長城」が好きなんですけど、「カフカの断片的メモを自分流につなぎあわせてみたくなって書いた」という作者のコメントを読んで「それは読まなくてはだめだべ!」と思った開高健の中編「流亡記」がまた素晴らしいんですよ。分量の割りに大量の時空間が圧縮されている感触、山尾悠子の「遠近法」を思い出しました。「遠近法」の腸詰宇宙の住人がもし「流亡記」を読んだら、我々が「遠近法」を読むときの「見知らぬ世界を梱包して送りつけられた」感じと反対に「世界を切り開いて手渡された」感じがするのではないかな。
人間味の薄い引いた視線が「史」と「私」の落差を冷え冷えと肌に押し付けてきて、索漠かつ茫漠たる気分になります。読後ひとしきり遠い眼。