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雪雪/醒めてみれば空耳

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2006-05-25 未知なるカダスを俺も求めて

_ 「イーガンの『ディアスポラ』より、ステープルドンの『スターメイカー』のほうが遥かに名作!」と言う人がいるので読み返してみたりしながら、並行してダンセイニの訳が複数ある作品を読み較べている。

_ ダンセイニを読むなら、粗過ぎる(それは否定できないのだが)ということで評判の悪い荒俣訳が好きだ。若き荒俣成分の青臭い熱のせいかな、読んでいていちばん連想が刺激されて勝手な脇筋がどんどん展開して、しばしばページを繰る手が止まってしまう。

好きで好きでたまらないがまだあまり知られていないものを世に送り出すときの、祈りのような思い入れが、ダンセイニの遠くに及ぼうとする視線と協奏しているのか。

_ 『スターメイカー』を読んでいると較べたくなるのは、『ディアスポラ』よりむしろラヴクラフトのランドルフ・カーターもので、ダンセイニを読んでいると較べたくなるのはラヴクラフトの(ダンセイニの影響下に書かれた)ドリームランドものである。

ぼくはステープルドンよりダンセイニよりラヴクラフトが好き。庭っぽさと藪っぽさの差というか、運河と下水道の差というか、ラヴクラフトからダンセイニやステープルドンに戻ると、その品の良さが物足りなく思えてしまう。

_ カーター作品群とドリームランド作品群は共有する作品を含んで重なっていて、創元推理文庫の『ラヴクラフト全集6』にまとまっている。『6』系列の落穂ひろいにあたる『7』は、当然出来は落ちるが少々の出来の悪さなぞ霞んでしまうくらいこの系列が好きなので、もう出ないんじゃないかというタイミング(十六年越し!)で『7』が出たときはまことにしあわせであった。ぼくがぎゃあぎゃあ騒いでいるのを見て後輩が買おうとするので引き止めた。はっし! ラヴクラフト初体験が『7』ではまずいです。

_ 『6』と『7』だけ、何度も何度も読み返している。編訳の大瀧啓裕が「カダスさえあればいい、というくらい思い入れがある」とどこかで洩らしていたのを読んだ気がするが、ぼくにとっても、カーター/ドリームランドもの唯一の長編「未知なるカダスを夢に求めて」(6巻所収)あってこそのラヴクラフトではある。

_ 軸になる長編と周囲を舞い踊る短編が、たがいに相乗効果で魅力を高めあう。

この構造は、コードウェイナー・スミスの人類補完機構シリーズに『ノーストリリア』があること、ブルース・スターリングの機械主義者/工作者シリーズに『スキズマトリックス』があること、あるいは天沢退二郎の闇黒児童文学の系列に『オレンジ党』三部作があることと同様で、軸以外の作品から入ったほうがいいところも一緒である。「このノリと濃さで長編なんてすごい」って、わくわくするしな。

特に『スキズマトリックス』は、いきなりここから入ると晦渋に思えて挫折しがちだが、短編集『蝉の女王』を読んでから入ると目覚しくリーダビリティが上がる。ぼくは『スキズ』を読んで「はぁ?」と思い、後日読んだ『蝉の女王』があまりにもすばらしかったので『スキズ』を読み返し、面白さが記憶と段違いなのでびっくりしたのだった。

(ぼくがもし「あなたのオールタイムベスト短編集は!」と訊かれたら、早押しでとっさに出る答えが「『蝉の女王』!」。もちろん、そのあとじっくり考え直すけど)

あ、そういえばダンセイニによる影響に負けないくらいラヴクラフトに影響を与えたクラーク・アシュトン・スミスを、スターリングは大好きな作家として挙げていたっけ。じっさい機械主義者/工作者シリーズって、スミス得意の異世界冒険譚を未来に持っていった雰囲気あるなあ。ということは無論ドリームランド風味もある。まーた読み返したくなってきたぞうw

_ (余談ですがケイオシアムの『クトゥルフの呼び声TRPG』のサプリメント『ドリームランド』の翻訳が出なかったのはかえすがえすも残念であった。無念であった。エンターブレインの新版のほうでなんとかならんかなあ。ならないだろうなあ。あと東京創元さん。ラヴクラフト全集に続いてクラーク・アシュトン・スミス全集ってどうですか? だめ? だろうなあ。)