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雪雪/醒めてみれば空耳

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2016-01-30 大切な本を、未来に逃がす

_ たくさん本を読んできて、何度も何度も読み返す大切な本もある。けれど忘れる。

格言のように刻印されやすい一行や二行は別として、ある種の読書家たちが牡孔雀が羽根を広げるように朗々と暗誦してみせる、座右の断章を所持していない。詩が大好き。でも、ワーキングメモリのひとつのセグメントに収まってしまうようなごく短いものは別として、全文を暗誦できる詩もない。

むしろそうありたい。

願わくば憶えているのは、南東微南で仰角22度みたいに、その本がどっちの方角に連れて行ってくれるのかぐらいにしたい。心をふしぎな角度にひねられたりすればその印象は反芻するし、読んだときの希少な感情を再生するために思い返すシーンはある。しかし一言一句正確に、自分に対して噛んで含めるように文章を反復したりはしない。

暗誦できるくらい、読み込みたくない。

大好きな本ほど、読み返すときに通読しない。適当なところを開いて読み始め、行きつ戻りつしながら読む。全貌が見えないように。

次にどんな言葉があらわれ、その向こうにどんな一節が待っているのか、完璧にわかってしまうなんておそろしいことだ。

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憶えれば憶えるほど、作品は過去に根を張る。

現在という魔法。この凄まじく生彩に富み繊細きわまりない表象の装置に挿入したとき、最高のコンディションであるように、ぼくは愛読書をできるだけ過去に譲り渡さないよう気をつける。過去が過去じしんの力で持ち去って行くぶんには、しょうがなく許容するけれど。

職業的研究者や批評家や翻訳家文筆家ならば、作品の中にあるすべての曲がり角を曲がりすべての扉を開けるような読み方をする意義はあると思う。でもぼくは読書家なので、大切な本に定住したくない。大切な本はいつも異境であってほしい。

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ぼくは読書家ではある。読書家でありたいな、と思う。

研究も批評も結果が重視される。しかし読書は、過程こそが本質であり、その舞台は現在である。

(ただし、厳密に読み込むことが本分である教科書やある種の人文書科学書に接するときは、また話は別だが)

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_ ひところ品切だったはずのパピルスの二冊、アニー・ディラードの『アメリカンチャイルドフッド』と『本を書く』がいつのまにか仕入れられるようになり、何冊か売ることができた。本望である。

増刷されたわけではない。92年と96年の初版のままである。ちょっと黴びていたりするところを見ると、倉庫の奥底から掘り出されたのだろうか。まあ状態が少々悪かろうが、この本たちのすばらしさにとっては些末なことである。

アニー・ディラードを読んでくれた人はしばしば、それがどんなにすばらしいか、自分のことばでは言うことができない、と言う。そのくらいであるから、仮に言えたとしても、大袈裟すぎて信じてもらえないだろう。

アニー・ディラードを買ってくれた人は、ぼくが直接おすすめして、やはりうまくは言えないぼくを信頼してくれた人だけである。ひとりでに売れたことはない。

その昔、ぼくも本が人を呼ぶ、みたいなことを感じたことがあるが、うちの店頭でいちばんとにばんにすばらしい本が人を呼ばないのだから、人が本に呼ばれる力も大したことはない。

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本日のコメント(全11件) [コメントを入れる]
_ 愛傘 (2016-01-31 23:38)

こんばんは <br>読書の過程の部分が本質であるということには納得させられてしまいます。僕にとって小説は身近な異世界。読むときにふわりと馬に乗せてもらえる。ただ、そのまま最後まで乗っかっていては現実世界に戻って来られない。好きな小説ほど、一文や一段落だけを再読することにより、あのときの異世界に思いを馳せることができる。馳せるということがちょうどいいのかもしれませんね。全部知ってしまうことは、僕も怖いです。夜分遅く失礼しました。

_ はやかつ (2016-02-05 23:12)

アニー・ディラードの入荷情報、ありがとうございました! <br>早速、ジュンク堂さんに発注を入れました。 <br>今年こそはアニー・ディラードを読もうと思っていたのです。 <br>特に、図書館にも蔵書がないと諦めかけていた「本を書く」に巡り会えると思うとワクワクします。

_ 寝仔 (2016-02-11 22:22)

雪雪さん。 <br>本を置きに来ました。 <br>時間が飛ぶように過ぎます。 <br>「人生はアイスクリーム」石黒敦久(メディアワークス文庫) <br>(きっと雪雪さんはご存じなのでしょう) <br>と思いつつ、まだ12頁目なのですが、迷い迷い書きに来ました。 <br>本屋さんで手に取った時から(中を見て)腑に落ちて、12頁でやっぱり腑に落ちて書きに来ました。 <br>あと今「白熱光」イーガンを読んでいて、気持ちが楽です。 <br>「中継ステーション」シマックも夢中で読みました。 <br>日向と日陰の境目を平均台のようにたどっています。 <br>希望とはなんだろう、と良くも悪くもない意味で考えています。 <br>海外用箋を求めねばなりません。

_ 絢子 (2016-02-12 16:48)

瞬間生きること、怖くはないですか。

_ 寝仔 (2016-02-13 00:09)

ええと、雪雪さん、けいかくへんこうです! <br>予感をたくさん雪雪さんに投与するとお疲れになると思いますので、 <br>「脳はすごい」の感想も含めてブログのほうに書き出すことにします。 <br>手元で下書きし、上げてからまた削ろうと思います。 <br>お手紙は、書きます。 <br>海外用箋3枚くらいにしたいものです。 <br>ここで書くと真面目に頭のおかしい人の報告になってしまいますので <br>オフラインを目指しましたが元々お返事の要らない折り返ししない電車みたいなお手紙のつもりでした。 <br>うんにゃら何を書いているのかわからなくなってきましたが、 <br>アップできた際にはここへご報告に来ますので、どうぞ寒暖激しい気候なのでお身体などお気をつけてお過しください。 <br>草々

_ つちだゆう (2016-02-20 15:55)

雪雪さん、お久しぶりです! <br>ウンベルト・エーコが亡くなりましたね。。。 <br>彼が残した沢山の本の中でお薦めはありますか? <br>自分はまだ、「薔薇の名前」くらいしか読んでいません。。。 <br>あと、彼も絵本を書いていましたね!「爆弾のすきな将軍」「火星にいった3人の宇宙飛行士」は昔図書館で読みました、再販されたようで嬉しいです☆ <br>

_ 寝仔 (2016-02-26 04:36)

>絢子さんは瞬間を生きること怖いですか? <br>雪雪さんの日記を読んで、どんな答えをほっしていますか? <br>御名前が二階堂さんの名前だとご存じで書かれましたか。 <br>新しい名前を、御自身で作ることはできますか? <br>僭越です。 <br>削除されても良いと思います。私の書き込みがです。 <br>私は、しばしまた旅をしてきますので、鳴り止まない嵐のような言葉の群れは、自分の場所で並べてみます。 <br> <br>雪の下に春の陽光を待つ花があります。 <br>じっとしていて。

_ 絢子 (2016-03-06 23:38)

寝仔さん <br>私は、瞬間に生きることが怖いと思うときがときどきあります。 <br>未来や過去に生きている方が、簡単だし、安心できます。 <br>なにを欲しているのか、自分でもよくわかりません。 <br>あと、私の名前は本名です。 <br>雪雪さんのブログは二階堂奥歯さんの本で知りましたが、名前が絢子だとは知りませんでした。 <br>私はネットでコメントしたことがなく、コメントの仕方や作法もよくわかりません。 <br>この文章を読んですごく怖くなったので、突発的に投稿してしまいました。 <br>なので、ペンネーム?を考える暇がありませんでした。 <br>ごめんなさい。 <br>名前は考えておきます。

_ 絢子 (2016-03-06 23:39)

あまりネットを見る人間ではないので、返事が遅くなってしまってごめんなさい。

_ 寝仔 (2016-03-07 06:58)

絢子さん <br> <br>早とちりをして申し訳ありません。 <br>そもそもここは雪雪さんの日記なので、突然知らない人間から話しかけられて困っていらっしゃることでしょう。 <br>失礼を致しました。 <br> <br>なにをほっしていますかと尋ねたのは、私には絢子さんのメッセージが「問い」の形をしつつ「答えの確認」をしているように読めたからでした。 <br> <br>けれど今回絢子さんが、自分の感じていることのほうを書いて下さったので、私は余計な心配でお節介(コミュニケーションの邪魔)をしてしまったのだなと思いました。 <br> <br>雪の下の花というのは「The Rose」という歌の歌詞の最後の部分です。 <br>どうか春を待って下さい。 <br>そして春はそこにあると。 <br> <br>怖がらせてすみませんでした。 <br> <br>名前を変える必要があるかないか問うことさえ、本来わたしには権限のないことです。 <br>私は古くから雪雪さんをご存じの方々にとってももちろん雪雪さんにとってもただの見知らぬ旅人に過ぎません。 <br> <br>僭越でした。 <br> <br>雪雪さんが一番考えたいことの終着地点、あるいは踊り場ポイントに辿り着くまで、時間はまだあると思いますが、 <br>私が言うことではないですが、御自身のの御名前でいて下さい。 <br> <br>改めて失礼をお詫びします。

_ 雪雪 (2016-06-14 03:30)

おおお。 <br>半年経ってしまいましたね。 <br> <br>はやかつさん、アニー・ディラードを気にかけてくださりありがとうございます。めるくまーる刊の二冊もなんとか復刊されるよう、常々めぼしい版元にせっついてみているのですが芳しくありません。 <br> <br>絢子さん。あのひとか、と一瞬思ったのはほんとうです。 <br>瞬間に生きることについて、言い得ることを考えて、そして考え続けています。 <br> <br>つちださん、エーコのおすすめですか。うーむ僕はラテン系全般に微妙に相性が悪く、エーコの良い読者でもないのですが、しかしおすすめと言えば迷いなく『異世界の書』です。趣味だから。