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雪雪/醒めてみれば空耳

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2015-06-24 「解かれまいとする謎」が、自分自身を解く動機

_ 遠くからわざわざ訪ねてくださるありがたいお客様が、時折いらっしゃいますが、できるならば、「いついつは東野(雪雪)はいるのか、何時出勤なのか」ということを確認いただいて御来店ください(休みの翌日に「昨日、あなたを訪ねてお客様がいらっしゃいましたよ」という話を聞くと、口惜しくて仕方ありませんので)。

そういうお問い合わせは迷惑でもなんでもなく、むしろ僕のスタッフとしての評価にプラスに寄与すると思います。

最近私的なスペースで、店の名前を出すのはダメ、ということになりましたので、ご存じない方は適当に検索してください。

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_ 前回のコメント欄で、寝仔さんから「認識の外の外について考える時に旅の道連れになってくれる本」という質問をもらいました。

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昔、樫村晴香をはじめて読んだとき、あまりに突出した射程の長さに驚き、既知の穏当な知見から発してこれほど遠くにまで行けるのかと、目の覚める思いを味わいました。探せばいるものだなあ、と思って探してみましたが、ちがう土俵ですごい著述家にはいろいろ出会えたものの、樫村晴香ほどのファンタジスタはいませんでした。とにかく「そこをパスが通るのか!」という絶妙な経路で論旨を通してくるのです。

必読なのは「言語の興奮/抑制結合と人間の自己存在確信のメカニズム 人工知能のための人間入門-その精神神経言語学的概要」と、保坂和志との対談「自閉症・言語・存在」だと思います。

樫村晴香は単著がないのですが、前者は「人工知能が人間という異質で混沌とした知性を理解するためのテキスト」という実に魅惑的な形式をとっていて、友人の保坂氏が自身のHPにupしてくれているので、そこで読めます。後者はこれも保坂和志のエッセイ『言葉の外へ』に収録されていたのですが、文庫化の際割愛されてしまいました。これに関しては「なんであれが載ってないのー!?」という声があちこちで上がったものです。『言葉の外へ』も保坂和志にしか書けないめっちゃおもしろい本で、僕も何度も読み返していますが、「自閉症・言語・存在」が載っていないんじゃ価値が半減の半減の半減の半減の半減です。単行本を中古で御入手ください。

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どうも過去の人、という感じになってしまった栗本慎一郎ですが『意味と生命』は、知性と世界の関わり合いについて見晴らしのよい立脚点を与えてくれる好著です。具象と抽象はおなじものの別の顔であり、具象が振り返ると抽象になるという布置は、この本で習いました。

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基本は『意味と生命』で、そして展開はマーヴィン・ミンスキー『心の社会』で。

ミンスキーは、こんなことまで問うことができるのか、と思うくらい心の些末な局面までを微に入り細に穿って分析します。ミンスキーは人工知能工学者。じっさい作るための思索ですから、そりゃ細かくなろうというもの。

心がやっていることを再現できそうな方法論がたとえばABC三つあるとして、それぞれにメリットとデメリットがある。人間にはこういうデメリットがあらわれているから、じっさい採用されているのはシステムCだろう。ミンスキーにはこういう観点があるので、読んでいると、たとえば神様であれ自然であれ、仮に人間の心をデザインしたものがいるとして、そのデザインコンセプト、つまりはなにを重視してなにを犠牲にしたか、みたいなことが見えてきます。

『心の社会』は森のような都市のような希有な書物。どこから読み始めてもよく、読みながら抱いた関心の方向によって、進んだり跳んだり戻ったり、読むたびに編集されて新しい相貌をあらわす一冊の皮をかぶった百冊です。

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トノーニ/マッスィミーニ『意識はいつ生まれるのか』は、近刊脳本の中でどれか1冊といったこれだ!と言いたい面白本。意識という捉え難い対象を科学するための地道な方法論と、そこから見えてくる斬新な知見。メインテーマは意識が「ある」ことと「ない」ことの境界ですが、謎解きの手妻は、名作『脳の中の幽霊』以来の快感です。

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_ 曰く言い難いことを考えるために、曰く言い難い気分を喚び寄せる。

読書は、そのための方法のひとつだ。

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たとえば『インディアナ、インディアナ』の、オーパルの手紙の部分。『インディアナ、インディアナ』は、紛う方無き名作であるが、オーパルの手紙たちは名作中の名作である。

言葉ってすごい。こんなものを作ることができるのだ。

心ってすごい。このすごさを、僕に伝わるように表現できるのだ。

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榎本俊二『ムーたち』は、マンガ史上屈指の名作だと思うのだが売れなかった。

どんなマンガかっていうと、

幼稚園で習う「てつがく」、みたいな。きがくるうごっこ、みたいな。

将来は難解になる謎が、いまはまだ赤ちゃん、みたいな。

そういうの。

こんなにもなめらかに、読む者を哲学的水面下に沈めてくれる媒体には他に会ったことがないので、フランスあたりで翻訳出版したら、それをきっかけに国際的声価を克ち得るのではないか。……ないか。

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本日のコメント(全4件) [コメントを入れる]
_ 寝仔 (2015-06-26 17:32)

雪雪さん、ありがとうございます。<br>いま本屋さんから数冊本が届いて、一つずつ開けながら書き出しや目次に見入っています。<br>特に「インディアナ、インディアナ」が手にくっついて取れません。<br><br>雪雪さんの書いた順番に題名をメモし、読んでいってみようと思います。<br>(樫村晴香さんの文も見つかりました)<br>「心の社会」は魅力的で、部屋の中を私と一緒に移動しています。書物占いのように開いて少し読んでは、(私には)まだまだ。などと詰まる前にそっと閉じていたりします。<br><br>上の「いまはまだ赤ちゃん」ににこにこしました。<br><br>ここに書かれた本たちが遊びたい人たちへ届きますように。<br><br>そしてあらためてありがとうございます。しばらく、本の海を漂いつつ、また立ち寄ります。<br><br>(いつか諸々のお礼に雪雪さんのいらっしゃる本屋さんに伺って、その時の本、を買うことができるように、体力もつけます)<br><br><br>草々

_ 越水利江子 (2015-07-03 12:07)

雪雪さん、本日、新刊が出ました。ぜひ読んで下さいませ~<br>児童書作家21年目にして、一般書き下ろし文庫デビューとなりました。『うばかわ姫』白泉社、招き猫文庫です。

_ 雪雪 (2015-07-09 06:28)

あ、越水さんおひさしぶりです!<br>『うばかわ姫』は、もちろんチェックして心待ちにしていましたが、けしからんことに配本が1しかなく、当日朝にさっそく買いにきてくださったお客様がいて、泣く泣くよろこんでお譲りしました。<br>ただいま追加発注分が届くのを待っているところです。

_ 越水利江子 (2015-07-10 13:13)

わあ、当日来て下さった方がいらっしゃったのですね!とても嬉しいです~ありがとうございます。<br>雪雪さんのご感想をお聞きできるのを楽しみにしています~