_ 寄る辺なく春が来て、何万回も
淡雪のなかで死せるカモシカが
あたたかく蘇っている丘を見上げる。
黄色い火がある
その斜面の途中で、わたしは流れ弾に撃ち抜かれる。そのわたしをわたしは出て行く。(暁方ミセイ ゆきみなとをゆく人は)
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_ 本の好きな営業さんに、個人的なオールタイムベストテンといえばどんな感じになりますか、そう言われて、頭の中の広大な本棚を眺めてみると、長方形の星のように、いくつかの本の背がはたはたと点灯する。
アニー・ディラードの四冊(『石に話すことを教える』『アメリカン・チャイルドフッド』『本を書く』『ティンカー・クリークのほとりで』)は外せない。するともう六冊しか選べない。『婚約』『ガブリエル・アンジェリコの恋』『インディアナ、インディアナ』『ドリームハンター』『信ぜざる者コブナント』『蝉の女王』『祈りの海』『夢をみた海賊』もう溢れた。
『燃える平原』も『ザ・ギバー』も『ストーカー』も『遠き神々の炎』も『船に乗れ!』も『体の贈り物』も『一人の男が飛行機から飛び降りる』も『ろうそく町』も『ブルーサンダー』も挙げてないうちから。
それにしても、品切重版未定率が高い。
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_ 本の世界はあまりにも広くて深くて、ほとんどの人は、自分にとって一番大切な本に出会わずに死んでしまうんじゃないだろうか。
僕も自分にとって一番大切な本を探し続けてきたけれども、やがて、自分にとって一番大切な本は、まだ書かれていないと思うようになった。『本を書く』を読んだときからだと思う。
アニー・ディラードの『本を書く』が、品切重版未定であることの損失は計り知れない。これはまったく入門書ではなくて、いまはまだ世界に存在しない本、世界にただ一冊の比類なき本を書くための本だ。この本じたいが、世界にただ一冊の、比類なき本である。
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書かれるべきであるのに、いまだかつて書かれたことのない本たち。人に馴れようとしない、野生で、孤高の、強靱な本たち。じぶんが言葉として書かれ得るとは思っておらず、望んでもいない。
かれらは、その強靱さ以前に、自分たちが存在することすら気付かれないことによって守られている。追われることも狙われることもないから、捕らえられまいとして闘う必要もなく、書かれまいとして抗う機会もない。
しかし希に、人里離れたかれらの生息域で、人影が視界に入る。そしてもっと希に、かれらを狩ろうとする者がおり、そしてごく希に、その力を持つ者がいる。
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『本を書く』は、野生の本たちにとって危険な本だ。気づき方と、誘い方と、狩り方を教えるから(もちろん、万人にではなく、充分にでもないが)。
そして読んだ人には、においがつく。本たちを魅きつけるにおいが。
本たちにとってそのにおいが、どんな意味を持つのか、それはわからないけれど。
仲間だと思えるのかもしれないし、敵だと思えるのかもしれない。あるいは獲物だと。
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まだ書かれていない本に、気付かれる。気付かれてそして、気付かれたことに気付くその感覚。合わせ鏡が合わせ鏡を映し、邂逅と戦慄と警戒を配列する万華鏡が、あたらしい空間を展開する。
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『本を書く』は、読者を魅惑し、読者を通して、本たちを誘惑する。
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もう入荷されているやも知れませんが! <br> <br>「夢界拾遺物語」 (すこし不思議文庫) 木地雅映子(主婦の友社) <br>http://www.intergrow.co.jp/sukoshi/ <br> <br>ペタッと貼り逃げしまする〜 <br>
雪雪さんこんばんは。本をひとつ置いて行きます。 <br>「起こらなかった世界についての物語―アンビルト・ドローイング」三浦丈典(彰国社) <br>
雪雪さん、私は「バベル-17」のブッチャーが「わたし」を知る(というのか取り戻すというのか、でもそのわたしはブッチャー以前の彼でもないと思うのです)、わたしと発する言葉から認識されていく世界のことが知りたいです。 <br>たくさんの線を重ねて描きなおすように、それが同一のものとして続く感覚に薄い私にとっては、誰かの描くそれはとても興味深いものです。
最近の手の内をちょっと明かして欲しいなあ。 <br>書かれるべきであるのにまだ書かれていない 叙景集 が恋しいです~。 <br> <br>
見捨てないでコメントしてくれてありがとうございます。 <br>励まされています。 <br>励まされて、それが結実するまで、長いけれども。時間が欲しい。