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雪雪/醒めてみれば空耳

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2013-10-21 死ぬまで、そして死んでからも

_ この頃ボクシングマガジンがよく売れる。

今月号は史上最強候補メイウェザー/若き天才アルバレス戦があったからか発売三日で完売した。

破格のタレントが中量級から中重量級にそろい、メイウェザーという史上最強かもしれない無敵のラスボスを目差して階級を駆け上って(たまに駆け下って)ゆく今のボクシング界は、ハグラーをラスボスとしてレナード、ハーンズ、デュランらが星を潰し合いながら階級を駆け上っていった80年代に匹敵するおもしろさである。

スピードスターと異名を取った西岡をスピードで圧倒したノニト・ドネアをスピードで圧倒したギジェルモ・リゴンドー(相手のパンチが届く前にカウンターをワンツーで打てるくらい速い。マンガみたい)。あるいはメイウェザーに憧れ、メイウェザーそっくりと言われるボクシングスタイルで破竹の連勝を続け、ひょっとすると憧れの人に届きそうなクラスに達したエイドリアン・ブローナー(しかしボクシング、人格ともに下品なところが玉に瑕というか、瑕だらけ)。挙げていけばきりがないが、ひと頃の神がかった威光は薄れたとはいえ生ける伝説であることに変わりはないパッキャオ。ちょっと上のクラスにゲンナディ・ゴロフキン、アンドレ・ウォード。まだまだいるのだが村田諒太が順調に行けば、この史上もっとも熱いスーパースターの坩堝に挑んでゆくことになる。注目されたい。

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_ 『風立ちぬ』のヒットと宮崎駿の引退宣言と『竹取物語』への期待で、ジブリ関連が売れる。とくに『ナウシカ』のBOXが売れる売れる。大判なのに一冊390円、ちょっと厚い最終巻7巻だけ505円という安さが魅力なのだが、そのぶん紙質が悪くおまけに茶系統の、眼にやさしいインクなので、コントラストが弱くてもにょもにょっとした宮崎駿の画風には相性が悪い。コントラストがいっそう弱まって、いっそう線がもにょもにょっとしてしまう。上下巻の豪華版はとても高いけど、解像度が段違い。凡庸なDVDと良質なブルーレイくらい違う。動感、浮遊感、風景の奥行きが圧倒的なので、この比類なき名作はぜひ豪華版で。

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ジブリ関連では、渋谷陽一による鈴木敏夫のインタビュー集『風に吹かれて』(中央公論新社)が抜群に刺激的で必読。いわく言い難いことをいつか言うときのためにたとえ話として脳内にストックしておきたい典型的なエピソードが満載。

ことおもしろさに関しては、ジブリにまつわるインタビューで、これ以上のものは出てこないのではないか。というのも、これ以上の傑作があり得るとすればその本は、痛々しさや胸苦しさがおもしろさに勝って、読むのが辛い本になるであろうから。

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_ 知る人ぞ知る不世出のノンフィクション、渡辺一史『こんな夜更けにバナナかよ』が、刊行以来十一年にしてついに文庫化された(文春文庫)。

並外れた生きようとする力が、破滅的な流星雨のように読者の心を直撃して無数のクレーターを穿つ。地質学的なエネルギーで、まさか変わるとは思っていなかった読者の考えを、轟音とともに変えてしまう。

この本の代りを務める本は他にない、ワンアンドオンリーの傑作。

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本が人を救う、ということがあるとするなら、この本によって救われる人がおり、救われない人がおり、救われる必要のない人がいるだろう。そう言ってしまえば、それはどんな本にもあてはまることなのだが殊更にワンアンドオンリーなどという大仰な物言いで言いたいこととはつまり、ただこの本だけが救うことができる、そういう人がきっといると思うのだ。

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_ その昔、澁澤龍彦『高丘親王航海記』(文春文庫)の高橋克彦による文庫解説を読んで、世界ほめ言葉史上に残る絶賛だなあと思ったが、先ごろ文庫化された朝吹真理子の芥川賞受賞作『きことわ』(新潮文庫)の、町田康による解説がすさまじく、王座が交代したと思った。

〈というわけで、小説なんてものはねえ、所詮脈絡なんだよ。死のうかな。と、濁声で思っていた。にもかかわらず、まだ生きているのは本書『きことわ』を読んだからである。(中略)そこには夢と脈絡が調和を保ち、いずれ死ぬる私たちが平生、けっして感知・感覚できない風景がある。本書を読むとき私は、死ぬまで、そして死んでからも永遠に夢の中でこの小説を読んでいたいと思った。(中略)読み終わるとき心は更地。雲量が増して雨の予感がする。そして実際に降ってくる。おどろく。おどる。おどどど、と喚き散らしてシャッポーを回す。この世を夢と悟り、自分が夢に見られた人であることを知る。すげえ。〉

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