_ 塩野七生がこれを読んで「震撼した」という、アゴタ・クリストフ『悪童日記』を読む。この名作を今頃読んだのである。面目ありません。ブックオフで三冊105円のセールで買えたのだ(セールはもう終わったけど「今だべー!」という感じでいっぱい買った。お金がないのにたくさん本を読みたいぼくにはありがたいことであった)。
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心のやわらかいところにさくっと刃を埋めてくるので「人生変わるよ」という評言も耳にしたことがある。ぼくの場合、これを読んで変われる振り幅はすでに振ってしまっていたが、かえって破格のおもしろさであった。平板きわまりない筆致が、自分の日常感覚に非常になじむ。
読んでいるあいだどうにも、ビアフラ体験(1970年)以後の、なんにつけても無感動になったヴォネガットの内面に想い及んでしまう(内面と言ったって、ぼくの想定上のヴォネガットに過ぎないが)。
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冷え冷えとして、絶望していて、元気。「こどもの作文」はこうでなくっちゃ! という筆致でこれだけ陰惨なことを書かれると、微笑ましくさえある。眼は笑ってない微笑ましさ。
苦くて重たいけれどもじつに軽快にあっというまに読める。比類のない読書体験ではある。作者自身の味わった悲痛を、執拗に反芻し捻じ伏せた後の癒えない疲労。それが、このさりげないほどに実直な筆致を生み出しているのだと思う。
万人向け。読まなかったことを後悔することは、読まないとできないわけだが、読むつもりのない人は後悔しておいた方がいいかもしれない。
(この本、一章数ページの六十二章に分かれており、各章ともある程度の独立性があって完成度が高い。掌編・超短編に魅かれる向きには、またいっそうの興趣があると思われます)
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_ しかしこのラスト、はげしく引きが強いなあ。三部作の残り『ふたりの証拠』『第三の嘘』も読まざるを得ない。いつかな。