_ 通っていた中学校のある土地は一帯が火山灰地で、天気がいいと校庭は一面真っ白になった。風が吹くと早回しで見る積乱雲のように土埃が湧き上がった。積乱雲が積乱雲を追いかけていった。
微細な土埃は窓を閉め切っていても忍び込んできて、室内の空気をざらざらにした。机の上に指で字が書けた。スキ。靴下の布目からも入り込むので、脱ぐと足首に細かい豹柄の紋様が付いていた。
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夏の校庭に立っているときいきなり夕立がくると、雨滴に蹴立てられた土埃が、校庭いっぱいの幅のひとつながりの波頭となって押し寄せてくる。夕立の類は、降っている場所と降っていない場所が明瞭に分かれるものなのだと知った。
雨脚がはっきり視認できるとなると、追われるスリルも急角度で切迫するので、ぼくたちは悲鳴とも歓声ともつかない声を上げて庇の下へ走った。
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校舎の上階から眺めているときの夕立はいつも、裏門から正門に向かって動いた。前衛が土埃を激しく舞い上げ、そのたなびきを後続が鎮めながら、校庭を左手から右手へ白から黒へ見る間に塗りつぶしてゆく。
眺めていたぼくは思わず眼を瞠った。土埃の汀線という基準線があることで、ふだんは背景に紛れて見えない雨域の前面が、透明な断崖となって浮かび上がってきて、くっきり像を結んだのだ。
その縁は雲となるはずの壮大な断崖。
これほど巨大な地を駆けるものを夢想したことはある。しかし肉眼で見ようとは思わなかった。
息を呑んだ次の瞬間、雲が割れた。
雨の向かう方角から差し込んできた斜光が、雨の断崖にぶつかって散乱した。断崖は砕け流れる水晶の滝のように煌めいた。
光は瞬時に遠景に広がり、燦然たる断崖は校庭の向こうに広がる住宅地の屋根のひとつひとつが、判別できなくなる彼方まで続いていた。
眼にしたものに意識が追いつく頃にはすでに、景色はどしゃ降りのなかでけぶっていた。
他の教室にも居残っていた人がいたのだろう。遠くから近くから振り絞るような驚きの声が聴こえ続けていた。
そして夕立の轟音。
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夕立の前衛はたちまち通り過ぎて行ったにちがいないのだが、記憶の中でぼくは、長いこと立ち尽くしている(あの一瞬が止まって見える)。思い返せば長く思えるほど、いっぺんにたくさんのものを見詰めていたのだと思う。
この景観にすでに幻想の助力が働いているにせよ、それは眼を閉じて空想したものではなく、眼を見開いて視認したものだから、この出来事はぼくの体に遭遇の体験として残っている。眩むような体感として残っている。
今も、解き放った空想が思惑を超えて壮大なスケールに届こうとするとき、走り抜けていった水晶の断崖の記憶が、力では動かないものをぐらりと動かしてくれることがある。