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雪雪/醒めてみれば空耳

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2006-04-19 叙景集

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虹くぐりの岬の西脇腹にあるエプルガーベで下船。四日前の洪水で街は潮染みてべたべたしている。ぱりっと乾いた寝床で睡りたい。鶉三羽で腹ごしらえをして、石畳の道をうねうねと高台まで上りスワッシリキルワン寺院のそばの宿をとる。

見晴らしは悪くない。

岩塩の砕片を撒き散らしたような白い街並は、間近では海風に吹き払われてしまいそうに眼に軽いが、港周辺は濡れたシャツの裾のように仄暗く皺びている。

ウィンジュレーの心身に巣食った文明は新しい発達段階を迎えており、前頭前野にある星都インチェルトハーピを発着点とする間主観航路は、彼の心のなかに存在しなかったくさぐさを許可無く輸入してくる。

景観に異様なところはなく、理性はそう承知しているが、連想され喚び起こされる記憶は憶えた記憶のない記憶。そもそも記憶のコード自体が違っているので、結像の仕方そのものが異質で、得体が知れるようで知れない記憶のゆらぎが視覚に逆流して、景観に刷かれた白や青の色彩がまるで見慣れない新鮮な色に見える。

注視している部分から色が、物体から剥がれて浮き上ってくる。瞬きの加減で色を折り畳むことができる。海の青を目に取り、幾重にも折り畳んで、明度を落とし濃厚にしてゆくうちに空間に開いた群青の穴のようになる。魅入られ体ごと落ちてゆく錯覚に囚われ、はたと我に返る。

「色は視覚に流用されている。物体色は必ず幾許かくすんでおり、それは色彩の陰、あるいは純粋な色彩の想起に過ぎない。色は声であり顔でありしぐさであるが人はその表情を知らない」という着想を得るが、ウィンジュレーにはそれが自分の発想ではなく、色自身からの教示のように思われる。