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雪雪/醒めてみれば空耳

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2004-02-19 叙景集

_ 508

いずれ歴史に残るはずの若い哲学者が、二十五年後に書いた自分の主著を未来から手に入れる。

これで二十五年を先回りできると思う。思うのだが、ふるえる指で読み進んでいくほどに、すでにこの本を読んだ上で書かれたものだとわかる。

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_ 509

鯨に棲む猫が、波の中から転げ出てくる。

ぶるるるるるるるると、からだが飛び散るくらい水を切ったら、陸上用の足運びに切り換わって、とことこと歩いてゆく。

長い耳はペアの踊り子、呼吸を合わせてばらばらに動く。大きな眼が碧暗く澄んだみずうみに見えるのは、半透明の瞬膜を上げて、自分のほんとうの深みを隠しているのだ。

鯨に棲む猫を、陸上で見かけるのはとてもめずらしい。

星から星へ渡る物語とおなじ軌跡をたどる生き物なので、星間文明の接触が起こるのとおなじ確率で、鯨から旅立つ。双方向の接触でない場合は、鯨に棲む猫は鯨に帰れない。それでも帰ろうとはするのだろうが、望郷のにおいをせいぜい物語になすりつけるしかできないだろう。

鯨に棲む猫を捕まえて抱き上げてしまえば、ひとつ乃至ふたつの文明の運命を変えることができる。しかし戯れにすることではない。知らぬ間に失恋した文明がどんな行動をとるか、はかりがたいし、その文明に自分が属していない保証もないのだし。

とは言っても、眼を覗き込めば分かるのだけれど。

分かってしまうことに耐えられれば。

鯨に棲む猫がいきなり、瞬膜を開いたりしなければ。

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_ 510

明日は雨宿りしにいく予定

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_ 511

呆然と、弥勒は立ち尽くしている。

ちゃんと約束通り、五六億七千万年後に還ってきたのに。

すでに宇宙は閉まっている。

まっくらで誰もいない。