◆夜半◆
すべての鐘が鳴りやみ 最後の余韻が消え去ろうとするとき
からだに残る水分をふるわせる波紋はやまず
弱まるほどに摩擦をうしない
近く遠く出会い続ける
広がり振り返り交わりしながら
細密化する籐細工のようにみずからを編み込んでゆく
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鐘の音だけでできたぼくたちは
限りなくおぼろになるこの時刻にだけ
音とはちがうふるえ方でふるえるものと
聴くとはちがう聴き方で聴くことを教えられる
.
忘れたことを教えられすぐさま忘れまた教えられ
木霊のように頻波のように(果ては虫の羽音のように)憶える(忘れる)
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「人間にとって、いちばん大切なことは、夕陽のように沈んでいくことだ」
そう教えてくれた父は、包み込むような笑顔で地平線の向こうにゆっくりと沈んでいったが、忘れ物を取りに走ってもどってきた。