_ 川には、テクニカルな抑揚で音楽的に鳴き交わす蛙たちが棲んでいて、夜半わが家を訪れた知人が、ふしぎそうに尋ねる。
「どうしてこんな夜中に小鳥が鳴いてるの?」
ぼくは口から出まかせを言う。
「朝の森が通りかかっているのかもしれない」
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北の川と南の鉄道に挟まれた、とうもろこしみたいな細長い町に住んでいる。
東は田園地帯で、そちらからは誰も来ない。西はとうもろこしの先っぽみたいにすぼまって、車で乗り入れる道は一本しかない。町内には個人商店が一軒あるきりで、外から人を引き寄せるような施設はなにもない。
郊外のとば口みたいな位置なのに、さほど遠くない喧騒もここには届かない。落差のない谷間のような町。
川の向こうの大きな幹線道路がある方向には、陸上自衛隊の駐屯地と新興宗教団体の広大な地所がうっそりと広がっていて、沈黙の幕を張りめぐらせている。空が広く見える。
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商店の前の自販機まで、煙草を買いに夜の通りに出る。
車に出くわすことはほとんどなくて、車道で顔にかかる蜘蛛の巣を払いのけることもできる。
見上げればいつも月が浮かんでいる。ヘッドライトよりお月さまになじみの町。
地上から見上げる視線が月に見えるものなら、ぼくはいま暗がりのなかでちかちかしているだろう。たくさんの地上の星々のひとつとして。
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蛙たちが、澄んだ声音で囀っている。
ぼくは河岸を、月のように歩いてみせる。音によってきらめく、流水のなかの星々を聴きつけながら。