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雪雪/醒めてみれば空耳

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2003-07-14 叙景集

_ 270

◆正午◆

鐘の音だけでできた街で ひとりの風鈴に道を尋ねられる

「君に似た音を聴いた」という噂を頼りに旅してきたのだ

ぼくは天を振り仰ぐ

折からの風に 彼女の音色がちいさくひびいて

ぼくは 道を教えることができると悟る

.

_ 271

音楽のなかを夜が飛んでゆく

.

はばたきもしない翼裏を

流れる水のような風圧が

数知れぬやわらかい足裏で駆け抜ける

.

はぐれた星を

すくいとるように傾いたあとの一拍

刃のあるもののように大気の肋のあいだに滑り込みながら

夜は

.

ふいにひと搏ちはばたいて

音楽のこちらからあちらまでを貫くながいながい銀の針のように

囀る

.

_ 272

地平線から筋雲が狼煙のようにたなびき、天を渡っている。

日ざかりの広野を、たんぽぽの綿毛まみれの男が、雲に導かれるように杖を突きながら歩いていく。

からだがほどけていくように、綿毛の航跡を後に引きながら、彼のからだはだんだん小さくなってゆく。

(遠ざかっているだけだろうか?)

やがて、遠いかげろうに紛れて姿が消える。

ぼくが今立っている森の際から続く、朦朧とした綿毛の道だけを残して。

.

翌年のある晴れた日の午前、ぼくはお弁当を用意して出発する。

地平線に向かって道のように続く、たんぽぽ色の帯を追いかけて。

杖の倒れている場所まで。