◆正午◆
鐘の音だけでできた街で ひとりの風鈴に道を尋ねられる
「君に似た音を聴いた」という噂を頼りに旅してきたのだ
ぼくは天を振り仰ぐ
折からの風に 彼女の音色がちいさくひびいて
ぼくは 道を教えることができると悟る
.
音楽のなかを夜が飛んでゆく
.
はばたきもしない翼裏を
流れる水のような風圧が
数知れぬやわらかい足裏で駆け抜ける
.
はぐれた星を
すくいとるように傾いたあとの一拍
刃のあるもののように大気の肋のあいだに滑り込みながら
夜は
.
ふいにひと搏ちはばたいて
音楽のこちらからあちらまでを貫くながいながい銀の針のように
囀る
.
地平線から筋雲が狼煙のようにたなびき、天を渡っている。
日ざかりの広野を、たんぽぽの綿毛まみれの男が、雲に導かれるように杖を突きながら歩いていく。
からだがほどけていくように、綿毛の航跡を後に引きながら、彼のからだはだんだん小さくなってゆく。
(遠ざかっているだけだろうか?)
やがて、遠いかげろうに紛れて姿が消える。
ぼくが今立っている森の際から続く、朦朧とした綿毛の道だけを残して。
.
翌年のある晴れた日の午前、ぼくはお弁当を用意して出発する。
地平線に向かって道のように続く、たんぽぽ色の帯を追いかけて。
杖の倒れている場所まで。