_ 思わぬ場所でふと流れ始めた聞き覚えのない音楽。それがぼくにとって最高のコンディションだ。
「うわ、いーい曲だなあ。誰のなんていう曲だろう?」そう思いながら、奪われてしまった耳を傾けているとき、音楽はいちばんすてきに聴こえる。
だから、そういう状態を人為的につくる。
_ 中古CD屋に行って、見切り品を中心に勘と経験でジャケ買いをする。できるだけたくさん。
家に帰ってざっと聞き流す。お、と思った曲はMDにダビングする。ダビングを終えたCDはライブラリに加える。収穫のなかったCDは売却の山に直行。でも、ちょっとはっきりしないやつと、三年ぐらい経ったら好きになりそうなやつは残す。そうやって寝かしておいたやつをときどきおさらいしてまた選別。
どういう曲をどのMDのどのへんに入れたかなんてすぐに忘れてしまうから、こうして「ぼくの耳をとらえたが素性の知れない曲」だけを収めたMDがたまってゆく。
_ 天気の良い日に、二百枚くらいになったMDのなかから適当に二三枚択んで、ポータブルプレーヤーを携え、自転車ででかける。
流れる曲流れる曲新鮮で、心揺さぶられてしまうので、ほどなくランナーズハイに突入する。
雲を眺め道を眺め雲を眺め道を眺め樹々のあいだを縫う坂道を息も荒く登り詰めると、いきなり視界が開ける。
眼下の田園地帯をふたつに分割する高架線の行方に視線を投げたその瞬間、聞き覚えのないギターソロの水音が流れ始め、視界の果てまでしずしずと響き渡っていく。吸気と呼気が一拍、深くなる。
メロディを眼で追いながら、サドルにまたがったまましばらく、動けなくなる。