ケンプテーヌの狩人たちは立ったまま本を読む。かれらの眼は地平線を見るための眼だから。足許に本を置いて足の指でめくる。
位の高い者なら書見台役の召使がいて、主人に向けて本を開いて立ち、主人がかるく顎を振って示す指示にしたがって近づいたり離れたりページをめくったりする。意外に重労働であり、私が逗留していた<漂う館>では、その役の娘が中庭で腕立て伏せをしているのを、しばしば見かけた。
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「うひー!」
「あ、ばか。眼の端でかすめるように見るのよ」
「神の屍骸ってうんと眼に沁みますねえ」
「神関連て、多宇宙の広い領域に及ぶから解像度がちがうのよ。私達のふだん見てる現実は近接した可能性の干渉で茫漠としてるけど」
「顕現のとき眼がつぶれちゃたりするのはそういうわけですか」
「一度に無限の同一像を見るようなものだからね」
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「惑乱の曠野はまだ誰にも思いつかれていない考えたちの国です。誰かがそれを思いつけば、そのとき夢現は消えます。いまで言えば、<まわるウェディングドレス>たち。ああして大群であらわれるものは、とうに臨界に達しているのでしょう。じりじりと待っているのかもしれません。もし思いつかれるとすれば、世界中でいくつもの心が、同時に思いつくことになるのでしょうね」
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