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雪雪/醒めてみれば空耳

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2003-02-09 叙景集

_ 063

つまりね、紙が発明される以前のペーパーウェイトみたいなものなのよ。じっとしているけど、本人は働いてるつもりで、だけど誰にも理解されないの。していることはとっても単純なのに。

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_ 064

今日の彼女はちいさな鳥籠のイヤリング。

よく通るね、その鳥のさえずり。ここまで聴こえてる。

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_ 065

生まれた場所を遠く離れて、異郷のものたちと肩を並べて、不可思議な空気とめまぐるしく動くちいさなものたちのけはいに眩みながら、じっと立ち尽くしている公園の樹木たち。

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_ 066

「あれは丘?ですか」

「登ることができて、見晴らしがよいものであることは確かですな」

「登ってみていいでしょうか?」

「どうぞ。そのかわり二度と降りることはできませんぞ」

「なぜ?」

「頂上が時極ですから。主観的に全方位が過去になりますので」

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_ 067

ひとの髪の分け目を勝手に開墾しないでいただけます?

いーえ、野菜を頒けて下さらなくてもけっこーです。

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_ 068

いま「言葉で言えること」はすべて例外なく、かつて「言葉では言えないこと」だったことがある。

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_ 069

【基底的記憶】

「眼に触れるすべてのものが懐かしい。二度眼に触れるものはもっと、三度眼に触れるものはもはや耐え難い!」

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クロンセントの賢王アイトールウイススは、古今の秘儀に通じ、あるとき人の眼より暗愚の曇りを吹き払う秘法を会得した。

アイトールウイススはいかなる認識の痛苦にも苛酷な真理にも耐える勇気を備えていたが、澄明なる思索に沈潜する生活をひと月ばかり送ったところで、はなはだしい衰弱のあまり、あえなく法呪を解いた。懐旧の念が際限なく募ったためである。

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ありとあらゆるものがいくばくなりとも旧びているが故に、人の眼には常にノスタルジアを和らげる蔽いがかかっている。時折苦痛なほどの懐かしさが、酸のように胸に沁みることがあるが、蔽いを払いじかに触れる酷烈なノスタルジアは、勇気によってはくじき得ぬ情調であり、いかな賢王といえど抗うべくもなかった。これよりのち王は、禁制がほころびた旧い旧い記憶に苛まれ続けたが、これらの記憶を〈基底的記憶〉と呼んで独断的に重要視し、膨大でとりとめのない口述記録を残した。残された原稿には「号泣により聞き取り不能」と記された欠落部分が頻出する。

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_ 070

底の方に黄色い公衆電話が沈んでいて、受話器だけが本体を説得するようにコードをぴんと張って、浮かび上がる意志を示している。

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_ 071

「この夢を忘れないでください」

「って夢のなかで言ってもだめだよきっと」

「・・・・・・・・・・・」

「直後に目覚めないとね、夢って記憶に残らないんだよ」

「すーう」

「ん?」

「わっ☆!!!」

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_ 072

旅先ではとても感覚が鋭敏になりますよね。

だから、ふだんはじぶんから離れたところにいて、じぶんのことは忘れて、じぶんを旅先にするの。

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_ 073

あなたの肌を流れる河のほとりで居眠り

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_ 074

自分たちのいのりを叶える唯一の神が、いのりを聞き届けてはくれないことを悟ったとき、かれらはかつてない斬新な計画をこころみた。

それはいのりを叶える力はないが、聞き取ってはくれる神にいのること。

つまり、自分たちの神ではない神に「伝言」を託したのである。

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_ 075

「妖精もね、人間と頻繁に接触すると精神のバランス崩すやつおるから、妖精の精神分析学のね、開祖になろっかなーって思ってるわけ」

「ふーん」

「冬場に水で顔洗うのいやだなんて言い始めたら妖精も終わりだわ」

「ちょっと待って。その程度で狂ってるってか?」

「もともと狂ってる人間の尺度で考えたらだめ。個体差も世代差もあんたらよりずーっと小さいんだから」