雪雪／醒めてみれば空耳

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2015-09-03 風もなく、地平線もない荒野に立ち尽くす

_ 6月24日に、寝仔さんの質問に応えて「認識の外の外について考える時に旅の道連れになってくれる本」の話をしたとき、入不二基義のことは当然思い浮かべたのだが、主著と思う『相対主義の極北』が品切で、近刊に『あるようにあり、なるようになる運命論の運命』があったので、こっちを見てから話題に上せようと思い、あえて言及しなかった。

入不二哲学は「微に入り細に穿って」という慣用句がぴったりの緻密さが身上であり、重箱の隅をほじくっているうちに世界の果てに到着する驚きがある。消し去れるものをすべて消し去ったあとに、残った最後のものを掴み取ったとき、それをさえ消し去る方法を考え始める。そういう哲学である。

読者は、風もなく、地平線もない荒野に立ち尽くす。

『相対主義の極北』のときは、「最強のアイテムである伝説の剣を見つけるまでのクエスト」みたいなわくわくどきどきがあり、この昂揚は作者自身が、自分の考えの行程に見いだされる風景に驚いていることから発していると思うのだが、今回の『あるようにあり、なるようになる』では、使い慣れた伝説の剣を思うさま振るっていてあたらしい主著と言える仕上がりだと思う。思うけれど、読者としての勝手な言いぐさなのだが安定感という長所が短所でもあって、やっぱり入るなら『相対主義の極北』から入ってほしいなあと思ったのであった。

_ 寝仔さんが紹介してくれた『デフ・ヴォイス』は、すでに読んでいまして、この本はストーリー以上に、手話にまつわる知見と事情が読みどころだと思うし、じっさいそこのところに触発されたというレヴューをよく見かけるけれども、寝仔さんもすでに読み終わっていればきっと思ったと思うのだが、この本に触発されるような人には『かもめの叫び』を読ませたいなあと思った。復刊を切望。

_ それでもって『バベル17』『かもめの叫び』『デフ・ヴォイス』『わたしの生涯』あたりを結ぶ、感覚と言語とその障害みたいな文脈に連なる作品として、ぜひおすすめしたいのがジョン・ヴァーリイの「残像」。この作品を表題とした短編集は品切だったのだが、このほど『逆行の夏』と題して、ヴァーリイのベスト短編集が出た。むろん「残像」も入っている。

「残像」を読んだときの、「読む前には思いも寄らぬところまで運ばれてしまった」という驚きは今も忘れない。

こういう衝撃的な作品は、その衝撃を受け継いだ後続の作品を次々と生み出すので、今まっさらで読んで発表当時の衝撃があるかどうかはわからない。衝撃があるならあるで、薄れているなら薄れているで、いずれにしてもこの作品の力を、あるいは影響力を表しているんだと思う。

ベストアルバムだの傑作集といったものは、例外なく「なぜこれが入ってあれが入らん！」と言いたくなるものだが、『逆行の夏』は例外で、ほぼ完璧なラインナップである。ブルース・スターリング『蝉の女王』、グレッグ・イーガン『祈りの海』、テッド・チャン『あなたの人生の物語』、サミュエル・Ｒ・ディレーニイ『ドリフトグラス』あたりと並ぶ、ＳＦの宝に仕上がった。

本日のコメント(全47件) [コメントを入れる]

_ 寝仔 (2015-09-06 18:04)

雪雪さん、「相対化主義の極北」電子書籍でしたら各店舗アプリ用にあるようです！ 女性の自伝を読むと地雷がたくさんあって、20代の初めころの無人間だった頃はバリバリと読んでいたので、ドナ・ウィリアムズは3冊読み継いでいました。4冊目も確保、ヒントを探したいと思いながら横積みになっております（泣）。 かもめは手元に置いてあるので、デフ・ヴォイスと共に読みます。 （実はまだ途中なのです） ヴァーリィさんとラファティさんのハヤカワを買いました。 読む人が、なんだー、そのくくりなら関係ないや、って思ってしまうとグラデーションの一部でも知り思考が楽になる窓や抜け道を見えなくなってしまうので、雪雪さんが慎重にひらいている言葉たちを私があるまとまりにくくることのないように書きたいです。 今日は文章をまとめてから書くことができずにメッセージ残していきます。 世の中の網にはかろうじて引っかかっており、電動自転車くらいの感じですので、ご心配せずにいてください。 いつも楽しい本をありがとうございます。

_ 寝仔 (2015-09-07 05:52)

追伸 地雷というのは本が、ではなくて、私が私の子ども時代などの怒りを相対化できていないのか、そもそも記憶の様式として無理なのか、トリガーとなる要素が自伝にはたくさんあるのです。 タイムスリップ現象、でしょうか。 昔はなぜあんなに平気で読めたのか、今がなぜこんなに読めないのか、どちらも極端という気はします。 たぶん雪だるまになっているのでしょう。 もうずいぶん、作っていません。 （脱線） 自分で調子を調整しつつ情報には触れたいですので、以前いた図書館のそばからは離れてしまったのでヘレン・ケラーの本など、取り寄せて私の主観からそのなにに心が触れているのか、感覚が喚起されているのか、辿ってみようと思います。 また伺います。m(._.)m

_ 寝仔 (2015-09-22 04:19)

こんばんは。 まわり道をひとつまわって来ました。 少し丈夫になったような気もしますし、そんな予感は霧散するのかもしれないです。 「相対主義の極北｣デバイスに入れてあります。しかし本という塊があってもその存在を忘れる私でした。 電子書籍を購入するたびに模型を作ろうかと思ったりします。 涼しい風と、たぶん少し通りやすい道すじを目次に感じました。これは、ほんの微弱な感覚なので想像と区別は付きません。 入不二さんとはお誕生日が確か一緒です。 なかなか業の深そうな人が多くてつい笑ってしまうのです。 正直な気持ちを言葉に乗せようとすると文章が難しいです。たぶん本当はもっとはしゃいでもいいような気もします。 でもマンボウの俗説のようにびたーんとなるので、やっぱり少しおとぼけています。 また伺います。m(__)m (読んでいる本にディレイニーと『バベル‐17』が出てきて楽しい私です。ゼラズニィの『ドリームマスター』も出てきたので、気になっています。空間に少し、楽しいものを置こうと思います)

_ 安良岡 (2015-09-28 07:37)

初めまして。雪雪さんの中で児童書というジャンルはいかがでしょうか。自分は、子供にあげたい深い大事な鉱脈が眠っているように思うのですが、おすすめがありましたらお願いします。

_ 寝仔 (2015-10-06 04:55)

本を置いて行きます。 たぶん雪雪さんご存じだと思います。 「数学の魔術師たち」木村俊一(角川ソフィア文庫) （『数術師伝説』1999平凡社刊の改題） 「無我の体験(覚醒ブックス) 」バーナデット・ロバーツ (著) 立花ありみ (翻訳)（ナチュラルスピリット刊行、『自己喪失の体験』完訳版） 「ペナンブラ氏の24時間書店」ロビン・スローン（東京創元社） 「記憶破断者」小林泰三（幻冬舎） （個人的には『環八〜』に一票） 少し呆けていますが「ドリームマスター」を読んでいます。 「残像」を読みました。身体的接触が苦手なのでまだうまく入り切れませんでしたが、言葉を話すことも聞くことも読むことも、感じ取ることも、思っているよりも多くの感覚知覚を通しているのだということに、現実に際して観察してみようと思っています。私と、人とを。 また長くなりました。カンテラ持ってまた寄ります。

_ 雪雪 (2015-10-07 08:34)

安良岡さんはじめまして！ レスポンスが遅いこと、お許しください。 答えは長くなっちゃったので、本文で。

_ 寝仔 (2015-10-07 15:49)

本をまた、すぐですが置きに来ました。 チェスと、心（身体）の力の使い方の本。 「習得への情熱―チェスから武術へ―」ジョッシュ・ウェイツキン（みすず書房） 『ボビー・フィッシャーを探して』のかつての少年です。

_ прокат_машин (2016-07-20 04:23)

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