_ むかし、こんな本はないかなと、探し続けてついに出会わなかった本。だったら自分で書こうかなと思うけど、書けなかった本。僕にとって野崎まどは、そういう本を書いてくれる人だ。
ティーンエイジャーの頃に野崎まどに出会えたらしあわせだったろうなあ。
そんなふうに思える作家に、中年になって今更出会うのはもっとしあわせかもしれない。
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_ これまでのキャリアでの代表作は『2』、ということになるだろうが、デビュー作『アムリタ』から『2』までが、ひとつの大長編という構造になっている。『2』以前の作品は、それぞれ完結しつつ同時に『2』のための風呂敷の素材となっていて、『2』の「こんなに大きい風呂敷はふつう破けちゃうよ」というサイズを支える強度を与えている。
メガロマニアックに大風呂敷を広げて、「なんかよくわからないけど凄い話だったな」というぼんやりした印象を残して終わる物語はざらにあるけど、野崎まどの場合、大風呂敷をしっかり畳み終える。壮大な問いに鮮明な答えを残して終わる。そして、物語の終わりのその先に、だだっ広いけどまだ書かれてはいないから景色とまでは言えない見晴らしが残る。
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_ 野崎まどの魅力は、余裕だと思う。書き得ることのぎりぎりまで、抜け殻になるくらい全力を尽くして表現しました、というのではなく、書きたいことはたくさんあるけれども、どう書けばそれを書いたことになるのかな。書く方法を発見するのが先決なんです、とりあえず今回はここまで書けました。みたいな途上感。
すごいものを読まされると、疲労感や虚脱感があるものだが、野崎まどは軽い。疲れない。書くほうに余裕があるぶん、読むほうにも余裕がある。
この軽さを欠点と感じる人もあるだろうが、僕は希有な軽さだと思う。こんなにでかいのにこんなに軽いのは、鍛練なしにいきなり筋量が増えて超身軽になったみたいに楽しい。あるいは手で押したら動いちゃう星。
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