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雪雪/醒めてみれば空耳

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2013-09-06 いつのまにか遠くに

_ ずっと前に読んだ、連続ドラマのシナリオの書き方の本に、ドラマとはすなわち、という説明があった。「主人公が、旅をして、思わぬ場所に到着すること」。

噛み砕いて言うと、「初回には絶対したくないと思っていたことを、最終回では絶対したくなる」「初回には理想だったものを最終回でぶち壊したくなる」「大嫌いだった人を大好きになる」「憎んでいたものを守りたくなる」ドラマとはそういう変化を描くものだと。

これは説明のために単純化された図式だが、読者としてもひとつの物語を通り過ぎた後には、思いもよらぬ場所に運ばれてみたいと思う。

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_ 寝仔っこさんに教えてもらわなければ、読むことはなかったであろうキム・エランの『どきどき 僕の人生』(クオン)。これはすばらしかった。

成熟を待たずに急速に肉体が老化してゆく病気、早老症の少年アルムの物語。

思ったこともないことを、たくさん思った。自分よりも若い親を思いやる子どもの心を、自分より老いた子どもを見守る親の気持ちを、想像してみてほしい。

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_ まだまだ経験は乏しいのに、老成してしまったアルムにとって、青春はこれからくるものであり、くるはずのないものであり、過ぎ去ったものである。彼の口にする言葉は、たとえば僕がおなじ言葉を口にするときとは、異なったひびきを帯びる。使い慣れた言葉たちが、使い慣れないひびきを帯びる。

未来にしても夢にしても恋にしても。あるいは異性、成長、誕生日、冬、去年の冬、来年の冬。そして書く、話す、思い出す。ありふれた言葉たちが、ありふれた意味を置き去りにして。

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_ アルムは賢くて、希望も絶望も少し引いた視点から語る。

アルムは両親が17歳のときの子どもであり、まだ年若い両親には治療費の負担が重くのしかかる。アルムはテレビに出演することを決意する。病気の子どもに対する同情をそそって寄付を募る、そんな番組。

撮影の際、テレビ映りをよくするために照明や服装を調整されいじくりまわされているとき、両親はアルムが傷つくのではないかと心配そうに見守るのだが、アルム自身は映りが良過ぎないか、あるいは不快過ぎないかを心配している。直視できる程度の不幸、それが寄付のためにはもっとも効果的だと思っているから。アルムはそれを、苦々しい思いでひとりごちるわけではない。ただ、飾らない本当の姿、というものも演技の一種だと知っているだけだ。

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_ 知性の切れがあり、卓抜なユーモアもあり。人物は魅力的で、そればかりか他の物語では出会ったことのない魅力、魅力と言っていいのか迷うような魅力さえ。たしかに悲しい話なのだが、僕は涙を流すことなくこの本を読み終えた。微笑みながら読み終えたと思う。

この文章を書くことがなければ、読み返すのはもっと先のことだったろう。細部を確認するくらいの心持で、初読の印象も薄れないまま、ふたたびこの本を手に取って僕は驚いた。これがおなじ本か。あちらこちらでぼろぼろ泣いた。初読のときには浮き浮きと心愉しく読んだいくつかの節は、せつなくて通読することもできない。

一度目に読み終えたとき、遠くまで運ばれたとは思った。思ったよりもっと、ずっと遠かったのだ。

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本日のコメント(全6件) [コメントを入れる]
_ 寝仔っこ (2013-09-21 01:49)

こちらに書き込む時には少し気取ってしまうので、それがきちんと冷めるまで待ってしまいます。<br>それにしても遅くなってしまいました。<br><br>今この時にこの本を雪雪さんに薦めることができたのは、私の本運(?)がいいのか、行った書店であの時平台にこの本を二冊すっと置いていった店員さんが魔法使いなのか、たぶん後者だと思います。<br><br>私はこの本の端々の言葉に本屋さんで打たれて(パンチです)、けれどどこのなにがどのようにそうなのか、書くことは私の悲しみの一部を置いていくことでありますし、初読の楽しみにバイアスを掛けることでもありました。<br>それに、拾い読みだけで語っては、イクナイ(・A・)<br><br>これは時間を超える話でも、あるなあと思います。<br>お話の筋からお涙頂戴など期待すると、不思議なざくざくとした、けれども突き放した冷静さのあるユーモアに頭が?でいっぱいになります。<br><br>文化を知り、人の目線を知るお話が私は好きだと思います。<br><br><br>こちらが静かなのはたぶん、雪雪さんに、お返事を書くための力を使わせることさえ、どんなに力や時間や組み立て方のし直しを求めることなのか、考える方が多いからなのかなと思います。<br>空気を読まずに書いたのは、同時に、いないけどいることを測ることがとても難しい世界だからです。<br>ネットの上は海というより宇宙空間みたいです。<br><br>でも星はとても強く燃えるので遠くからでも光っていることが見えます。<br><br>今「lanreaall」をすこーしずつ読んでいます。<br>このタイトルを分解するとどんな意味があるかなとか考えたり。<br>私は剣と魔法の物語の、多くはそんなに知らず、海外の本の影響を受けて書かれた少年少女向けの本を読んだくらいなのですがとても懐かしいです。<br><br>私はここのページのあちらこちらを行ったり来たりして「読むところのたくさんある本だ」などと思ったりぶらぶらしております。<br><br>雪雪さんが雪雪さんであることが(つまり特にこのページの作者であること、に限りません)最大の最大なのだと思います。<br><br>ここにはじめの時から置かれたものを少しずつ食べて、またとぼとぼと旅をし、旅をしながらひょっこり壁に書いて行ったりします。

_ 寝仔っこ (2013-09-22 11:31)

わおー、dが抜けていました。

_ 雪雪 (2013-09-26 04:31)

寝仔っこさんいつもありがとう。<br>寝仔っこさんの言葉に触れると、いろいろなことが書かれたがって、頭の中でどんどん書き上がっていきます。なんとか、目に見えるところに書いてあげたいけれども。

_ 寝仔っこ (2013-09-28 13:56)

こんにちは。<br>ありがとうございます。<br>私お風呂の壁など見ながらよく人にお返事楽しく書いて頭の中で送信してすっきりしていることがあります(笑)<br><br>私は私の文章を載せる場所を作り直して、人が見たい時も見たくない時も大丈夫にしようと思います。<br><br>頭の中からお手紙出せたらよいのに、と思います。<br><br>私ぼちぼち進みます。<br>雪雪さんはきっと雪雪さんの速さで進んで下さい。

_ 寝仔っこ (2013-10-02 23:55)

おや、きっと、を消し忘れてジョバンニみたいになってしまいました。<br>言葉たちが漬物石のようになったらいけないなと思って、風船につけて飛ばしてください、って書こうか、などなど、迷ってしまって地面に棒切れでのの字を書きました。<br>その跡が残りました。<br><br>円城塔さんの「中間小説集」<br>http://www.hitachi.co.jp/Prod/comp/soft1/omr/novel/index.html<br><br>置いて行きます。<br><br>時折自分がわかっていることは相手もわかっているかどうかを忘れてしまい、だいぶ言葉を選ぶようになったと思っていたのですが、気がつくと短絡した抽象的な縫い目でおしゃべりをしてしまいますのですが、かまってほしくて来ているというより、伝えたい! 時に来ますので、うーん、うーん、鶴や亀の気持ちでキリンの首の長さで待っております。<br><br>今は本当、風船につけて手品の鳩みたいにばさばさ飛ばしてください。<br><br>(きりのない寝仔より)

_ クオン (2014-05-15 11:24)

はじめまして、版元クオンと申します。<br>キム・エラン『どきどき僕の人生』で検索していたところ、こちらのブログを見つけました。<br>素敵なご感想を拝読させていただきました。<br>この作品の魅力をここまで引き出してくださって、とても嬉しかったです。<br>クオンのツイッターでご紹介させていただきます!<br>弊社のアカウントは@cuon_cuonです。<br>これからもよろしくお願いいたします!