_ 恩田陸の『六番目の小夜子』が、第三回ファンタジーノベル大賞の最終候補作として、文庫オリジナルで刊行されたのは1992年のことだ(現行本は再刊された加筆訂正版)。ぼくが丸善にいた頃である。
謎めいた導入も、読んだ人はけっして忘れないであろうあの中盤のクライマックスも印象深かったけれど、なにより、その遠い呼び声のようなノルタルジアに心を掻き乱された。自分が忘れ難く思い、しかし言い表し難くも思っていたなにかに触れてくる気がした。もっと書いて欲しいと思った。
POPを付けて、常時平積で売り続けた。
二年後『球形の季節』と『不安な童話』が出てほっとした。『球形の季節』は、こういうものを書いてくれないかなと思っていた、まさにそのものだった。恩田陸の代表作だとは思わない。作品としては『六番目の小夜子』より落ちる。でも個人的にはこれを待っていたのだ。
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その後、恩田陸はまだOLを続けている、という記事があり、新しい本は出なくなった。このまま消えてしまいそうでやきもきした。『六番目の小夜子』の向こうに『球形の季節』があり、そしてその向こうにあるものを、いつか書いてくれるかもしれないから、覚悟を決めて作家になってもらわねば困るのだ。既刊三冊では『六番目の小夜子』がもっとも広範な読者層に訴える魅力があると思ったし、仮に『球形の季節』がなかったとしてもやっぱり大好きな本だったから、地道に売り続けた。
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ついに版元に「増刷予定がないし、客注対応分を残さなくてはならないから、そんなに出せません」と言われる日がきた。そんなこと言って安易に断裁するくせにー。「とにかく出せるだけ出してください」
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手許に残った数十冊がじわじわと売れて、残りが四冊になったとき、ストックに仕舞い込んだ。この時点ですでに版元では品切になっていたから、日本最後の四冊くらいは、じっくり「絶対好きなはず」と思える人の手に渡したいと思ったのである。
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_ あるとき高校生くらいの女の子がやってきた。『六番目の小夜子』を友達から借りて読んで、とてもとても好きになって、すぐ注文したけど品切で、貸してくれた女の子に譲って欲しいと頼んだけど「わたしも大好きだからだめ」と言われてしまった。でもその友達が「仙台にいたとき買ったんだけど、そこの書店すごく応援しているみたいだったから、まだあるかもよ」と教えてくれたので、一冊の文庫本のために遠方から旅してきたらしい。
確か最後の一冊が残っていたはず、ただし同僚が売っていなければ、というタイミングだった。あってくれよと祈りながらストックを開けたとたん、女の子は「あっ!」と声を上げて指を差した。たちまち両目から涙が溢れ出た。奥の方に一冊、白い背のてっぺんに赤いラインのカバーが見えていた。「ありましたね。よかった」手渡してあげると「あったぁぁ」とふにゃふにゃの口で言った。
女の子はレジで精算すると、しっかり本を胸に抱いて帰っていった。ほんとうに嬉しそうであった。海千山千の仲間達もこのときばかりは、「本屋っていい仕事だなー」という顔をして、しみじみ見送ったことであった。
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_ 1997年、『三月は深き紅の淵を』と『光の帝国』が相次いで出た。やがて恩田陸はOLをやめてがんがん書き始めた。そう、そうでなくては。(OLがいけないということではなくて、こちらの都合です)
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_ 去年、「雪雪さんのことではないか」東京に住む友人が、恩田陸のインタヴューが掲載された雑誌を送ってくれた。ああ、見つからないよ。どこかに埋まってしまった。ごめんなさいYさん。ありがとうYさん。
ぼくの頼りない記憶ですが「仙台の書店員さんが、『六番目の小夜子』を応援してくださって、たくさん在庫して、品切になってもずっと売り続けていて、マニアははるばる仙台まで買いに行ったという」話を恩田さんは(きっと)たいへん嬉しそうに話していらっしゃったはずです。
めぐりめぐって御本人まで伝わっていたんですね。ちょっとでも励みになったならなによりです。
ぶるっと身震いしました。<br>人の縁って繋がったとき<br>なんだか嬉しい感じです。
あ、めずらしいところで会いましたね。<br>私とも繋がっていてください。これからも。
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