背もたれの高い木製の椅子を引き摺って、レーレンドールは惑乱の曠野の奥深くへ向かう。急停車した鳥の巣みたいな襟刳りがはずむコスチュームは、さいぜんまで彼が身をやつしていた職業の制服でもあろうか。まだ夢現でさえない、たなびく色彩や瞬く光点が、はらはら降りかかりほろほろ零れ落ちる。
渡ろうとする道の左右を確かめるしぐさで、魔術師は頭を揺らす。そこが目的地となにが報せたのか、彼は袖口の飾りのように軽く、無造作に椅子を前に回し、ことんと置く。腰を下ろすと腕組みをし、襟飾りに顎を埋めて、しゅっと空気が抜けるように眠る。
どこからともなく、しかしそこから、そこかしこから、まわるウェディングドレスが一体近づいてきて、眠る魔術師の前に立つ。
「じずざずざ?ぶざざぶーざっ????っぢ」鳴き声と言うべきか作動音と言うべきか。なにがしか夢現は発音し、レーレンドールは目醒める。みじかいあいだにみたにしては長過ぎる夢のなごりを瞳にたたえたまま、「おはよう」と答える。目醒めたときが、朝の定義なのだ。
まわるウェディングドレスを目にして、「まさに“まわるウェディングドレス”だ」、と思うような人にとってドレスの裾である部分が、まわりながら次々と分離し、離れていかない波紋のように環になってめぐり折り重なる。
夢現の右肩にあたる部位からひらひらと大地のない道のような腕が伸び、レーレンドールになにかを差し出す。レーレンドールも腕を伸ばしそれを受け取る。
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三年後―一年を単純に三倍したような三年ではないが―ぼくはレーレンドールからそれを受け取った。
ぼくにはそれは本に見える。
ちょうど真ん中のページに、見開きで挿絵がある。まわるウェディングドレスからレーレンドールがこの本を受け取った、そのときの絵だ。ふたりの手が接するところは、本の喉、左右のページの谷間に位置していて、じっさいなにが受け渡されたのか、見えない。
いや。見えないのではない。レーレンドールが受け取ったものは、挿絵には書き込むことができないもの。この折り目じたいなのだと思う。
右の表紙から挿絵までのページには、この挿絵の場面に到るまでのレーレンドールの来歴が縦書きで書かれ、左の表紙から挿絵までは、レーレンドールに出合うまでのまわるウェディングドレスの来し方が横書きで書かれている。横書きのほうは、通読するのが困難である。というのも、ほとんどのページは白紙で、まるでたった今誰かに読まれつつあり、その読者の視野が示されているかのように、ひとかたまりの文字が、紙面の上を滑るように移動して行くのであるから。
まわるウェディングドレスが、書物というシステムについてどこでどのように学んだのかはわからない。けれども、今まさに読まれつつあるその場所だけが本だ、というのは一面の真実であり、妥当な認知であろう。
しかし、読みにくい。