_ 書店で手に取り、最初のワンシーンを読んで、たちまちファンになってしまうなんて久々のことだ。伊坂幸太郎 『重力ピエロ』のことである。
生来のチェック魔もこの頃は休眠中で、これで四作目になる作者の名前さえ知らなかった。
即決買うことにしたが、やめられず数十ページ読み進むあいだに、このところ脳裏から離れることがない女の子を想わせるエピソードがふたつ出てきたので、「シンクロニシティって言葉も陳腐になっちゃったよね?」と、虚空に語りかけてみたり。
_ 一節一節が、あるいはそれに挟まれた一行一行が、ひとつの作品と言いたくなるほど濃い。こんなに濃いのはピーター・S・ビーグルの『最後のユニコーン』以来だなと思う。いや、ちょっと言い過ぎたかなw でもかなり濃い。
_ この作品のモチーフを別の著者が扱ったなら、はるかに殺伐として重厚な作品に仕上げることもできただろう。「魂のきしみが聴こえる」みたいなw
確かに苦い。
ほろ苦いのではなく、ものすごく苦い。
しかしものすごく苦くてすがすがしい。
軽快な筆致は、ひとつところに長くは留まらない。苦さを、またはすがすがしさを、あるいは切れのいいペダントリィを味わいたければ、該当箇所で立ち止まって、どうかじっくり味わってください。あなたの好きな配分でお読みください。物語は立ち止まりません、という筆致である。
体裁以上の器量があり、ページ数以上の度量がある。
_ 迂遠な表現ばかりだが、内容に立ち入るのはためらわれる。絹を巡らすように、繊細に張られた伏線群。絹を幾本か切らずには、内容に触れられない気がする。なるべく予備知識なしに、この本に出会っていただきたいと思うから、やっぱり内容は迂回しよう。
十年に一度なんて大仰な言い方は、この十年の本をすべて読んでいるわけではないからしないけど、まあ言ってるも同然かな?という傑作である。
重さよりは速さを、腹に応える衝撃よりは眼の端をかすめる閃きを、という気分の方には、ぜひ手にとっていただきたいと、思うんだが売れてるのかなこの本?