遠くから戻ってきた記憶が、窓辺で踏み迷っている。わたくしは気付かないふりをして、書き物を続ける。
記憶の視線を、わたくしのもののように感じる。
スタンドの明かりが透けてピンクになったわたくしの耳の裏を、じっと見詰めている。
いま思い出してもらうか、それとも出直すか、思案しているのだろう。
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二の腕に白茶けたぶつぶつができた。眼に近づけてみると、それが墓場だとわかる。ひりひりするので舌で舐めると、石の味がして、鋭い角が味蕾にひっかかる。
軟膏で治癒してしまうような、はかない墓場に葬られる運命について、しばし考える。
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あの人の唇を出たときには確かに言葉だったのに、ぼくの耳の穴を通過するときには砂になっている。さらさらさら脳のなかに絶え間なく流れ込んでくる。じきにぼくはいっぱいになり、あの人は空っぽになる。
そういう夢を、砂時計がみている。
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「あれは・・・・見ているだけで視線が掻き鳴らされるようですね。なんという生き物ですか?」
「雪から雪へ飛び移る方法です」
「ああ、そうか、あの可動部分は踵なんですね」
「主要な感覚器が踵なのです」
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えんえんと爪を切る音が聞こえる。