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雪雪/醒めてみれば空耳

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2002-11-20 名探偵には前髪しかない

_ ぼくも本はかなり好きなほうだが、こと一冊の本が好きで好きで愛し抜く度合いではユタカに負ける。

ユタカはぼくの弟で、自閉症の名に恥じずやたら数字に強い。算数のドリルをあてがっておけば、たちまち解答欄を埋め尽くしてしまう。最初からずーっと正解で、途中から全部×である。いきなり飽きたわけだが、解いているときも適当に数字を書き並べているときも、スピードに差がない。母親や先生は「途中の式を書きなさい」と言うのだが、無理な相談である。あいつの計算に途中なんかないのだ。

ユタカの一番好きな本は、『NTTハローページ 岩手県北版(個人名)』だ。数字でびっしりの電話帳はいっぱんに好きなようだが、なかでもこれは特別らしい。生まれた土地でも育った土地でもないのに、なにがどう特別なのか、合点がいかない。ぼろぼろになるまで読み返しては代替わりし(父が定期的に取り寄せているらしい)、もはや何代目なのか杳として知れない。ユタカにとっては永遠の名作である。

ぼくも手に取って、じっくり読んでみたことがあるが、素人目にはこの名作のよさがとんとわからない。彼がこれを好きな理由を考えてみたりすると、なるほど「語り得ぬことについては沈黙しなければならない」のだなあと実感したりする。

_ あるとき母から電話があり、「ユタカはヘンにするどいところがあって困る」と言う。

ユタカはドライブが大大大好きなので、両親がクルマで出かけようとすると必ずついて行きたがる。だからユタカが不在のときに所用でクルマを使ったときなどは、両親はなにも言わずにバックレている。ところがユタカは帰って来るなり「お父さん、お母さん今日はどこにでかけてましたかあ?」と問いただしてくるのだ。「(ぎょぎょっ)ううん、どこにもでかけないよ」と言っても絶対に納得しない。まるで、顔に書いてあるとでも言いたげな態度だ。行き先が市外だったりすると確実にゴネるので、近場でごまかそうとしても通用しないばかりか、ときにはほんとうの行き先まで見破ってしまう。根負けして認めると、やはりゴネる。

「不思議だわ〜、なんでバレるんだろ?超能力かしら。ほんっと、にくらしいったらありゃしない!」

ぼくは電話口で苦笑しながら、あいつならそれくらいやりかねないな、くらいに思っている。このとき誰かが耳元で、「考えろ!名探偵になるチャンスだ!」と言ってくれれば、ぼくはきっと、快刀乱麻のごとく謎を解き、母を大いに感心させることができたと思う。名探偵には、謎を解く直感とともに、この謎はエレガントに解ける!ということを察知する直感もまた必要なのだ。

口惜しい。無念である。

忘れたころにまた電話があり、母はミステリーの最後の一行のように語った。

「わかったのよ!謎が解けたの!ユタカったらね、出がけと帰りがけにクルマの走行計見てたのよ!」