_ 4月、山田穣『がらくたストリート』の3巻を店頭で見つけたとき、湧き上がった幸福感に我ながら驚いた。そんなにまで好きだったのかと。
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2008年11月に1巻、2011年12月にやっと2巻。そしてそれきり。これはもう未完のまま埋没する気配満々であった。3巻のオビに「奇跡」って書いてあるしな。
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小学生の何気ない日常。と、見せかけてナチュラルシュートのようにストライクゾーンぎりぎりをかすめてゆくSFセンス。半端ないうんちくたれどもがだらだら垂れ流す小ネタは塩梅よくこなれて、士郎正宗と双璧をなす水準。そしてめっちゃ絵がうまい! のだが、これらの魅力は表紙やタイトルからあんまり伝わってこない。「所詮よつばとフォロワー」みたいに思われてスルーされてしまいそうなたたずまいである。
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人間の皮膚感覚は、有毛の部分と無毛の部分では鋭敏さが異なる。有毛部分は瞬間的に擦過するような軽い接触に鋭敏だが大雑把。無毛の部分は時間をかけて繊細な細部をじっくり検出するのに長けている。クロッキーと細密画。素早い受動とまったりした能動。
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『がらくたストリート』は、心の無毛の部分で、ゆっくりゆっくり読むマンガだ。ふとした拍子に実験的、何食わぬ顔で冒険的。地味だけど卓越した表現が、あちらこちらに潜んでいる。
読み進むのにやたら時間がかかる。
なんか変なにおいの森で、山菜の中に混じってる、山菜の彫刻を探すみたいな。
だらだらと続く、ぬるく微妙なしあわせ。
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食べても食べてもなくならないおいいしいもの。それが、何回も読み返せる本の魔法だ。
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3巻の、当店初回配本はたった3冊。この本が大好きなはずなのに、見過ごしている人がいっぱいいる勘定だ。かわいそうに。知らないうちに大損しているのだ。
この手のマンガで、これ以上のものは、以後あらわれることはない気がする。
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