すべてが過去になってしまったので、現在はすべてを後にして旅立つ。
未来たちのなかには、世界にとどまって過去になるものもいるし、現在を追って飛び立つものもいる。
未来のひとつひとつは、水滴の鎖でできた蜻蛉のようにみえる。過去がないためにかたちも色も大きさもさだかでない現在を、大きさも色もとりどりの未来たちが追う。
ごく抽象的なものたちは言葉による形式化によって気密し、表記を船/体として旅する。素材は任意に接収され、ここに記された文字のように、かけ離れた場所に痕を残す。
「どこへいくの?」世界を離れるのははじめてのおさない未来が、心細げに尋ねる。羽ばたくときに羽根の下側にできる局所的な過去様態の切片がきらめく。想起されることのない想い出の、主体のない忘却によって推力を得る。
「それは着いてから決まるんだ」旅慣れた未来が答える。
「現在はなにを求めているの」
「その答えはないよ。『答えのあることの集合』、これが過去の定義で、『答えのないこと』が現在の定義だから」
「じゃああなたはなんのために現在についていくの?」
「まだ問われたことがない質問になるために」
「そんなものまだ残ってる?」
「質問は答えを躯体とする作動なんだ。だから尽きることはない。そして答えのない質問だけが、現在として析出される」