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まっくらな星空

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2006-10-14 赤ん坊

息子が赤ん坊のころの昼も夜もなく泣く時期からしばらくしてからは、知人や有名人の赤ん坊について、この子は泣く子か泣かない子か、とどちらかに分けたくなるようになってしまった。
うちは「泣く子」だった。お乳は今あげたばかり、オムツは換えたばかり、そのほか室温も何も、不快にさせる要因は見当たらないのに、泣いている。「鳴いている」といった方がしっくりくるくらいの泣きっぷりで。
困り果てた。辛かった。自分がおおらかに構えられないからますます泣くのだろうとわかっていてもどうしようもない。周囲の人はみな、「赤ん坊は泣くのが仕事なのだから気にすることないよ」というようなアドバイスをくれるばかりだった。生来気にしすぎる性格だということは他人も知っていることで、そういわれると何も言えなかった。
泣かれてたいへんなこと自体ではなく、楽しさ100バーセントで育児をできない自分の暗い性格が悪なのだ、ということに、落ち込んでいた。
わたしは鈍感で頑丈で何より環境に恵まれているので人間関係とか空しさとか届かなさとかで落ち込んでも底は知れている。それがあの時期、自分の精神状態に対する手の打ちようのなさかげんを自覚して、これがもっとひどいのが鬱なのかーと思ったりした。やはり気分の問題とは違うのだとわかった。
泣きまくられる時期が終わったころに、「泣く子」育て経験者に会って、あれはつらいよねえ、と言われてすごく救われた気になった。それまではたまたま、周りの母親仲間や読んでいた育児エッセイの類の書き手が「泣かない子」の母親だったので運が悪かったのだった。今おもいだしても、気にしてとうぜん、落ち込んでとうぜん、と思う。
三時間ごとにきっかり泣いて乳をあげれば泣き止むという赤ちゃんの母親をうらやんでいたが、その子はアレルギーがあって卵も牛乳もあげられないとあとで知り、その面での苦労は無い息子はありがたいと思ったものだった。泣く子泣かない子も二種類しかないわけではないのはいうまでもない。とにかく赤ん坊はひとりひとり違って、それは子ども以降の「人それぞれ」とはまた種類のことなる違い方だ。こんなに違うのはまだ言葉を知らないからじゃないかなんてあのころは考えたりもしていた。

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2006-10-29 かなしそうにみえる眼

前回の日記に書いた頃は辛い時期であったのはたしかなのだけれど、かといって、あの頃のまだ目を合わせることができないような息子のことはあまり思い出したくない、ということはまったくない。はんたいに、そういう時期がすぎ、目が合うと笑うようになりふっくらとして色白になってきて、典型的な赤ん坊になってしばらくすると、「うまれてから2ヶ月くらいまでの赤ん坊をまた見たい、また抱っこしたい」という、それまでは知らなかった気持ちができあがっていた。
そのれまではとっつきにくかったのがだんだんかわいらしく感じるようになる、という父親もけっこういるようだけれどそれは無理もないとは思う。(うちの場合はもともとこども一般が好きではなく、ひいては人間一般よりも動物が好きなので、「人間らしい」と言われる場合の「人間」未満のような赤ん坊時代の息子も好きだったようだった。) わたしもちろん、コミュニケーションらしいものができるようになれば嬉しくかわいいと感じたが、それ以前のとくに、生まれて間もない赤ん坊の焦点の合わない虚ろな目も大好きだった。
けれどそこまで小さい赤ん坊はあまり屋外では見かけないし、たまにいてもベビーカーの中で布にうずくまって眠っている。だから、用もないのに見舞いのふりをして産婦人科へ行きたいと思ったりもした。産婦人科の病棟にはそんな赤ん坊だらけだ。
その目は悲しげにみえなくもなかったが、「こんなところに放り投げられてわけがわからない」と嘆いているように見えた、といえば嘘になる。そういった思いを抱く主体には見えなかった。それゆえに魅力的なのかもしれない。それからあの小ささともろさ。
とにかく小さい。片腕にすっぽりおさまる。退院後はじめて、家で用意していた子ども用布団の上においてみると、おもしろいくらい布団が大きすぎた。そこにいた夫と母ともども、あらためて小ささに気づき笑ってしまった。

ただ、といって話が前回に戻るが、その笑った場面を思い出しても、陽気な雰囲気ではなかった。心細さがあり、泣き声も含めてやたら静かで照明がわずかに弱いような室内の印象がある。じっさいには毎日ドタバタしていた暑い夏だったのに、今思い出すと「あのころわたしは笑うことがあったのか?」という疑いさえもってしまう。こうあらためて考えてみると、息子が内気なのはとうぜんだと思う。
嫌いなわけではなかった。「かわいい」と感じるのとは別の、もっと差し迫った気持ちでとりつかれてた。

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